2010年05月28日

リミット

昨日、買掛先から電話があった。
新しく取引する会社で、仕事の一通りのやりとりを終えたら彼女が言った。

「Heshbonitって、髪がすごい長い日本人よね? もしかして私のこと覚えてる? ウルパン(語学教室)で一緒だった、オルガよ」
「ウルパンのオルガ...? オルガ、少なくとも3人はいたよね?」
「ショッピングセンターのスーパーでレジしていた、太ったオルガよ」

思い出した。確かに太っている女性だった。ま、ロシア系で太っていない人を探す方が難しいが、若いからか彼女はコロコロして愛嬌がある感じだった。
私が通っていたウルパンは、キタ・ベィト(レベルU)とギメル(レベルV)で、既にキタ・アレフ(初級)を終えた人が通う教室。
移民者は、初級のアレフは移民特権で無料だが、ベィト以降は有料。
つまり、「もう少しやろう(+修了証書が出るから就職に役立つかも)」という人達が来る教室。(ちなみに私、ウルパン初級は諸事情で通ってません)。

ウルパンでは彼女と話をしたことは殆どなかったが、久しぶりに話をしたいと彼女が言うから、電話番号を教えたところ、今日の午後、掛かってきた。
彼女は、スーパーのレジの仕事を妊娠を期に辞め、その後に別の仕事をしながら簿記教室に通い、5年前に今の会社の経理の仕事を見つけたという。
「先月から地域センターの簿記1級に通い始めたんだけど、先生が『2年前に日本人の生徒がいた』って言ってたから、もしかしてHeshbonitじゃないかって思っていたんだ。やっぱりそうだったのね」

経緯やら近況やらあれやこれや話をした後、彼女が言った。
「ウルパンで先生が言っていたこと、本当だったと思わない?」
「え? 何を言ってた?」


「。。。移民のあなた達が優秀だったことは誰もが知っている。優秀なあなた達にジョブ(Job。スラングでバイトのような仕事を指す)が辛いのも分かる。けれども、今はとにかくやれることをやりなさい。お金を貯めなさい。勉強しなさい。
 厳しいことを言うけれど、イスラエルに移民して5年で自分の仕事を見つけられなかったら、10年経っても絶対に見つけられないわよ。出産や育児はイスラエルでは言い訳にならないのよ。
 今は、移民だロシア人だと言われるだろうけれど、移民から5年経てば誰も言わなくなる。その時に何の仕事をしているか。そのリミットは5年。
 移民から5年後にあなた達がやっている仕事は、ずっとそのまま定年まで続くことになる。それをよく覚えておきなさい」



村暮らしで日本人の私は、町で生活するロシア系移民の彼女達に比べたらラクな立場だったが、それでも初めから役場で経理をしていたわけではない。
女が到底やらないような肉体労働をし、爪を割り擦り傷を作り、もちろん楽しかったし、役場で働く上で知らなくてはならない村の仕組みを学べたと思っている。もしあの仕事をせずに役場に入っていたら、いろんなところで戸惑っていただろう。
しかし、なぜ海外に来てこんなことをしているのか?と毎日思っていた。

あの当時、ネットやその繋がりで知り合ったイスラエル在住の日本人の誰もが、私の田舎生活や肉体労働を軽蔑し、バカ扱いした。日本人の恥みたいなことを言われたこともあった。(本当に!)
テルアビブなどに住んでいれば、イスラエルに来てすぐにでも「日本人であることを生かせる仕事」を紹介してもらえるそうで、その手の仕事がいくらでもある、なのに日本人のくせになんでそんな仕事をしているのか?と言われた。
移住直後でヘブライ語もロクに出来ないのに得られる、「日本人であることを生かせる仕事」って、要は「日本人なら誰でもいい仕事」って市場価値でしょ? だとしたら怪しい会社もかなりあるでしょうね・・・。
私が簿記教室に通ったのはイスラエルに来て4年目だったか(もっと早くからしたかったが、ビザの問題や、開講が延期になったりしたため)。
そうやって振り返ったら、今の経理の仕事を得たのは5年経過した時。

「んー、そっか、私も5年だ」
「Heshbonitもそうなんだ。先生の言ったこと、その通りだったね」
「あのさぁ、あなたがいたスーパーのパン売り場にいる人ってさ...」
「あー、あの人ね、...名前が出てこないけど。そう、ずっとあそこよ。先生が言っていたように、ホント、10年以上経った今でもずっとあのまま」

【5年で見つからなければ、10年経っても見つからない】

言われてみれば、当たり前のようではある。
別に移民でなくても、例えば、学校を卒業して企業に就職しても、5年経ってもその仕事を“自分のモノ”に出来なかったら、もう見込みはない。
それこそ、就職が出来ないからとフリーターを5年したら、「そういう人」という扱いをされる。そのとおりです。
特にイスラエルの場合、年功序列というものはあまりない。
マネージャーが辞めたら既存のスタッフからマネージャーに昇格させるのではなく、マネージャー募集することの方が多い。ジョブをしていたらずっとジョブ。下っ端はいつまで経っても下っ端だ。
ウルパンの先生は15歳で欧州から移民してきた女性で、その厳しさを十分知っているからこその発言だったのだと思う。移民という選択をした以上、そのくらいの気概がなければ、という意味で先生は叱咤したのだろう。

村に住んでいるロシア系移民2人に、日本人の私がここで暮らしている経緯を聞かれた時、余計なお世話ながら、「勉強した方がいいよ」と言ったことがあったが、彼女達は「お金がないから」と言ってそのままでいる。
1人はずっとランドリーで洗濯物を畳んでいる。1人は村の宿泊施設のハウスキーパーや食堂の掃除をしている。村に初めて来た時と同じ仕事だ。
もちろん、それらの仕事が悪いとは言わない。人にはそれぞれいろいろな事情があるのだし、本人達がそれを選択し、それで満足しているのだったら。
だが、少なくとも、イスラエルで生まれ育った同世代に比べたら間違いなく優秀なはずのロシア系移民がその仕事は、あまりにももったいないと思ってしまう。

かくいう私も、安泰にはしていられないんだけどね。
なんか勉強しないと。
    
posted by Heshbonit at 17:00| 真面目なたわごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月27日

山火事の季節

朝からものすごい暑さ。
そして、ものすごい焦げ臭さ。
役場まで徒歩3分だが、呼吸器官がやられて苦しくなるほど。

ゴラン高原のガムラ地域(観光地含む)が燃えたからだった。

ガムラ

イスラエル北部から中央までは典型的な地中海性気候で、冬が雨期、夏が乾期となる。4月に雨期が終わると緑が枯れ果て、枯れ草の黄色になる。
そしてこの時期の異常乾燥と、南西からの季節風が一気に山火事になりやすい状況を作る。
自然発火もあるが、大抵は不審火やタバコの火の不始末。
今回は、軍の演習で飛んだ火薬が原因ではないか?なんていう話も出ているが、原因はともかく、何にせよそういう時期なのだ。

十字軍時代にも、この山火事を利用した戦術があったそうだ。
盆地に十字軍をおびき寄せ、四方から一気に火を点ける。
枯れ草は背が低いものの一気に燃え広がるから、当時の鎖帷子式の鎧を着用していた十字軍兵士はひどい熱傷で全滅したそうだ。あ、ダメだ。おそらく前世は焼死の私、火のことを考えると気分が悪くなってくる。

でもさぁ。
自然保護地域の上に考古学遺産であるならば、それ相当の山火事対策しておかなかったのか?と、ごくごく初歩的な疑問が湧くんですが、それはまぁイスラエルは何か起きてからでなければ対策を取らない国だから。国防関係を除いては。

今週も先週も小規模の山火事は起きていたけれど、今回のはよほど大規模だったからか、昼に鎮火したとはいうものの、砂漠地域から吹き上げてくる砂埃も一緒になって、一日中息苦しかったです。
     
posted by Heshbonit at 23:00| イ国のニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月26日

嫌いなもの

昨夜、村のとある女性から電話がかかってきた。

「heshbonit、ワードがおかしくなったの。ほら、ここ、どうすればいい?」

貞子ママじゃないから、あなたの自宅PCのワードは見通せません。
それを生業にしている方で、締め切りが明日午後だ、今すぐ来れないかとワーワー言われたが、明日の午前に見てあげるからと言ってとりあえず宥めまして。

一通りの朝の仕事を済ませた後、午前10時頃に彼女の家に行ったが、他人のPCっていうのは使いにくい上、彼女がパニック状態で横で喚かれて落ち着かないため、私の職場PCに送って見ることに。
かなりのページ数のワードの中に、図表やらなにやらがやたらとあれこれ入っていて、それらの些細なズレがどんどん余波して崩れてしまったらしい。
根気よくひとつひとつ見つけていったらどうにか直せました。

何語であっても、ワードは嫌い。大嫌い。
特に、ヘブライ語は右から書く言語だか、数字や英語は左から書くわけだから、同じ文書の中に(同じ図表の中に!)混ざり合うとムチャクチャになったりする。それはエクセルも同じですけど、エクセルならセル変えるとかトリック使うとかすればどうにかなるんですけどね。
どうしてワードなんていう七面倒臭いものを使うんだろう。
ワードを使いこなせる人はすごいと思う。
表挿入とか、私は絶対やだ。
    
posted by Heshbonit at 20:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月25日

中東式賃上げ法

2日前、とんでもないニュースがイスラエルを流れた。

【法定最低賃金、4600シェケルに。閣議通過】

法定最低賃金は、3850シェケル(≒9万6千円)。
それが、11万5千円になる。約20%アップ。
いきなり上げるのではなく毎月50シェケルを15ヶ月掛けて上げると...。

いやいやそうじゃなくて。方法以前の問題で。
何をどうしたら、ってかどっから、「20%」を持ってこられると??
お金は空から降ってこないよ。生えても来ないよ。

日本人からしたら、なんだその低賃金は?と思うだろうが、イスラエルの給料賃金は非常に低い。平均月給は8千シェケル前後(≒20万円)。
物価は日本よりもずっと高いのに。でもそういう相場の国なのだ。
現在、最低賃金で働いているのは、労働人口の12.5%だという。

提案したのは、この人。アミール・ペレツ議員。
レバノン戦争時の国防相で、国をムチャクチャにした張本人。
元はヒスタドルートという労働組合の代表。ストライキの親分だった。
どさくさに紛れて労働党の党首になり、「仕分けをしよう。国防省はきっと無駄遣いをしているはずだ」と意気込んで国防大臣になったはいいが、何もしないうちに第二次レバノン戦争突入。右も左も分からないため指揮系統が混乱し、酷いものでした。
戦争後、その責任を徹底的に追及され、ちょっとおとなしくしていたと思ったら、いきなりこんなムチャな提案をしてきた。いやはや、どうした、選挙が近いのか?

根拠がないわけではない。
元々この人、「最低賃金は1000米ドルが望ましい」というのが持論だった。
その頃は、1ドルが4.0〜4.5シェケルだったのだけれど、昨年、ドル=3.3シェケルという超底値まで落ち、持ち直したここ最近、ドル=3.7〜3.9シェケル辺で安定している。
ドルが地獄を見た頃なんか、「ほら、ペレツの言う1000ドルよりも、最低賃金のほうが高いじゃん」というジョークがとんだほどだった。

彼の提案は、最低賃金のベースが4600シェケルになるというだけだ。
たとえば、現行で相場相当の月給4600シェケルを貰っている事務員の給料が20%アップするか?といったらそうは言っていない。
とにかく「最低賃金を上げよう」とそういうこと。
ちょっと待て。
「何の職能技能も持たない単純作業しか出来ない人間」と、「一通りのPC操作が出来る事務員」が同じ月給になってしまうのか? それは納得がいかないだろ。
でも、「全国民の給料を20%上げる」とは誰も言っていない。
あくまでも、最低賃金のベースが上がるだけです。自分の給料に納得いかないのでしたら、個々人で雇用主に掛け合って下さい。

さて。いきなりこんなことをしたら世の中がどうなるか?

【問題その1−時短勤務または首切りが始まる】
人件費を抑えるために仕事を詰め込みでやらせた上で労働時間を短縮させる。または、5人雇っているなら1人切ればいい。何を言われようが「仕事がないんだから仕方ないじゃないか」とかなんとか言われてしまえばそこまで。
いくら法律が厳しいとは言っても、労働者が弁護士を雇って会社と戦うほどの力はない。法がどこまで人間を守れるかは誰も分かりません。

【問題その2−求人率が下がる】
1人辞めた? 補充はしないよ。いない人の分まで、がんばって。

【問題その3−生活保護・各種手当・年金が跳ね上がる】
国民保険庁から支払われる手当は、最低賃金がベースなのだから当然。

ならば、どうして閣議を通ってしまったのか?

この【問題その3】がネックだ。
この国で生活保護の恩恵にあずかっているのは、何も貧しくて働けない人や十分なお金がない人だけではない。働かずして国からお金を貰える人達がいる。
現在の与党は、その関係者がとっても多いのだ。

どう考えてもクネセト(国会)を通らないでしょう。無理すぎる。
言わずもがなですが、間違いなく全ての物価が上がるだろうし(便乗値上げ含む)、上で書いたように、今、4〜5千シェケルの月給を貰っている人の反発必須。人件費急騰による給料遅配も有り得るでしょうね。
また、外国人労働者の雇用ベースがこの最低賃金だから(時間外手当は別途付くが、最低賃金X割増で計算する)、それが一気に上がるとしたら、介護などで外国人を雇っている人達が悲鳴を上げる状況になるでしょう。となると、ビザが切れた不法就労者を安く囲うことも増えるだろう。
何よりも、「能力がなくても4600シェケル貰える」となれば、向上心を失う。
そんな簡単に上がるわけ上げられるわけないじゃん。

ま、なんつーの、さすがモロッカイ(モロッコ系)って言うんでしょうか。
中東丸出しのアラブ・イスラム式吹っかけ商法ってやつです。

アラブ・イスラム圏では、初めに法外な金額を吹っかけておいて、そこから甘いお茶飲みながら水タバコ吸いながら、のらりくらりした交渉で下げていって、結局、普通の相場で売るっていうのがあります。
私、大っ嫌いな交渉です。だって、どうせ売る金額が決まっているのに、どうしてバカ高い金額から吹っかけて時間を浪費するのかさっぱり理解できない。
ま、これがこの中東一円の商法なんだから、そういう感覚で育った人にしたら当たり前のことなんでしょう。イスラエルでは、ユダヤ人地域では基本的にこんな交渉で物を買うことはありませんが、アラブ人街に行くとあります。

戻りますがつまり、モロッコ生まれのペレツ議員、初めはバカ高い「2割アップ」とワーっと言っておいて、ここから交渉を始めようっていう魂胆でしょう。
今から2年前に現在の3850シェケルになりましたが、その前の最低賃金は3585シェケル。265シェケル(7.4%)の上げ幅でした。今回もせいぜいその程度になると思われます。それでも結構な額ですけどね。
なんたって「何の職能技能もない人の月給」なんですから。
ちなみに、現行の最低時給は、20.7シェケル(≒520円)。これも日本人からしたら「はぁ?」って感じだろうけれど、この国はこんな相場です。
もう一度書くけど、物価も消費税も日本よりぜんぜん高いです。

 
イスラエルでいい給料を貰える職業は?

間違いなく、ハイテク関連。有り得ないバブル状態。
単純なWEBデザイン・サイト管理・ヘルプデスク程度でも、平均初任給が1万シェケルだそうだ。なんと新米弁護士・会計士の初任給よりも高いっていうんだから、それはもう驚きの世界。
そんなですから、開発関係だったら初年度でも月給2万。それこそ普通の会社の重役レベルの給料が貰える。プロジェクトマネージャーなんていったら、銀行の支店長クラスの給料らしい。
その上、高級車を貸与してもらって私用でも乗り放題、祝週などの休みは長く取れて、社員旅行で派手にあちこち行けて、パラダイスな業界。
問題は、いつまで続くか?ってこと。
世界のどこでもそうだろうけれど、プロジェクト終わったらそこまでだし、移動や引き抜きも多いし、合併吸収も激しいし、よほど専門じゃないと定年も早い。だから、その分だけ給料が高いわけでしょう。
あと、いい給料払っとかないと、国外に出ちゃうからかもしれない。

学校関係者もいい給料貰ってると思う。
基本給はそうでもなくても、等級とか手当とかが基本給を上回る勢いで付くから。そのくせ頻繁にストライキ。これ以上なにがほしいというのだろう。

企業名で言ったら、一大トラストの電気会社。
銀行関係も居座ったら一時期から跳ね上がるそうだ。ま、日本も同じかな。
旅行業界は波があるため、冬場のオフシーズンになると減給や、それこそ何ヶ月間か無給休暇になることもあります。(この無給休暇期間の給料は企業ではなく、国民保険から支給されます)。ただでさえ旅行業というのはどの国でも情勢に左右されやすい、そしてこのイスラエル。なかなか厳しいです。

日本では稼げる水商売、イスラエルではぜんぜんらしい。報道特集なんかでたまにやってますが、なんかよくもまぁあなた達はそんな金額で...って。
それしか手段がなければ仕方ないのかもしれませんが。

ま、あーだこーだ言っても仕方ない。
仕事があるだけ有難いと思えってもんです。

え、経理屋?
イスラエルでは非常〜〜〜に低い。信じられないくらい。
私が田舎の役場勤めだからではなく、全体的にいえることです。
「生産もしなければ営業もしない」という事実もさることながら、「一度決まったらそう簡単に切らない(雇用側)」と、「そう簡単に動かない(被雇用側)」、という需給バランスが絶妙だからでしょうか。

経理なんかどこも同じだし、慣れたら移動するの面倒だし...。どこの経理屋もこうやって、多少の不満を抱きながらも、毎日他人のお金を数え続ける。
                  
posted by Heshbonit at 23:00| 経理のお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月24日

1日オフ

休暇。
平日に仕事を休むのは、3ヶ月ぶりだろうか。
お弁当を作って、車で南下。(って、北上できないだろ。してみたいけど)。

北部は何事かあったのか何事を備えてか、やたらと警察が張っていてホント走りにくかった。道路上の安全を考えたら、警察が適度にいてくれるほうがいいけれど、あれほどあちこちにいられるのは困る。
2号線でネタニヤに入る手前からウィンゲート過ぎまで強烈な渋滞。なんでだかさっぱり分からない。隣り車線のヘンな野郎2人に絡まれる。もちろんひたすら無視したけれど、なんかそれが一番疲れた。

あちこち寄って、必要なものを買い揃えて。イケアがものすごい空いていたのは、リションに出来たから来客数が減ったってことだろうか。

ともあれ天気もよく暑くなく快適なドライブ日和だった。...渋滞以外は。
って書くと、すごい運転が好きそうだけれど、実際は好きじゃない。
日本では免許すら取らなかった。人が運転してくれる横に乗るだけでいいなら、その方がどんなにラクかと思う。
車移動が基本のイスラエルでは、都心部暮らしだろうが田舎暮らしだろうが、家に車がない生活は【相当妥協したもの】になってしまいますが。しなくていいものなら、ホント、運転なんかしたくないです。


◆◆◆ブログペット 今日のテーマ◆◆◆

 小学生のころ、遠足のお菓子はいくらまでOKでしたか?


オバサンの時代は300円でした。
ヨーグレットではなく、ハイレモン派。
なんかあのヨーグルト味は乗り物酔いを誘うんですよね。
     
posted by Heshbonit at 22:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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