2006年09月02日

国境沿いドライブ

休日。

家にじっとしていてもつまらないので、午後はドライブに出かけました。
2週間前、被害地めぐりをしましたが、その続き。
国境沿いドライブをしてみよう、と。

村から出て20分ほどで、村とは反対側の高原に到着いたします。

今日は湿度が低く、空が晴れ渡っています。
♪空がこんなに青いとは


さて、それではいきなり今日のメインイベント。

レバノンはすぐそこ

道路の向こうはレバノンです。すごい至近距離!

接写してみましょう。

病院?のようですね。本当でしょうか・・・。

こんな所に、検問も何もなく、一般人が平気で来られるのです。
イ国側の道路を隔てた所にも村があります。

鉄条網の向こうはレバノンです・・・

それにしても怖いですね。


でも大丈夫。
ここから少し走ると、道路沿いにイ軍兵士が駐留しています。
この暑いのに、こんな所に簡易テントを張って警備しています。

イ軍簡易ベース


若者がお国を守るために、命を賭けて必死で・・・

イェーイ! ピース☆ピース イェーイ!


・・・・・・。


そのすぐ横には、戦車が止まっています。
こんな近くで写真を撮ったのは初めて。

拙者、戦車を接写する!

うわー、中に入ってみてぇ! 入らせてくれぇ!

いきなり出動できそう。大迫力。


山の上だから、夏でも夜となればかなり冷え込みます。
こんな所で日夜がんばっているんだなぁ・・・。


イェーイ! ピース☆ピース! 皆でピース! イェーイ!


・・・・・・。

ちなみに知らない人達です。楽しそうだったので撮りました。


ならば、私もシャッターを押してもらって。

記念撮影



最後は、美しい夏のヘルモン山の写真をどうぞ。
眼下に広がる町がキリYットシュモナです。

ヘルモン山


北部は、10月過ぎまでさわやかで過ごしやすい気候です。
どうぞお越しくださいませ♪

もちろん、冬は冬でヘルモン山でスキーが出来ます。
posted by Heshbonit at 19:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月19日

キリヤットシュモナ・被害地巡り

休日。
午後から、キリヤットシュモナの被害地巡りをしてまいりました。


まず中心部から。
キャニオンレヴ@キリヤットシュモナこの商業ビルには、運転免許事務所・歯科・旅行代理店・ガス会社などが入っています。幸い、ガス会社は戦争開始後すぐに危険物(小さなガスボンベなど)を撤去したため、大事には至りませんでした。
写真左に小さく写っている平屋の建物もロケット砲被害を受け、窓ガラスが全て吹っ飛んでいた。(一部は既にガラスが入っています。いつまでも開けておけませんから)。

クパットホリーム@キリヤット・シュモナ
その向かいには、健康保険組合の診療所があります。
1階部分にこうして防御壁を置き、そこだけで開業していたそうで、私の村に住む人でここの薬剤師をしている女性は、防弾ベストを着用して働いていました。

キカル・ツァハル
奥に行ってみたら、シャバットでも、瓦礫除去作業をやっていました。

ケラミカ
外部から見たら大したことなさそうですが、実はこの店、バス・シャワー・トイレ・タイルなどの展示販売店で、内部の被害は物凄かったらしいです。

クファル・ギラディ周囲
少し離れたクファル・ギラディへ。
周辺も燃えつくして真っ黒になっています。

クファル・ギラディ
兵士12人が犠牲となった場所です。

kgiladi2.jpg
北部を守るために戦死したイスラエル国防軍兵士12名に捧ぐ。
神が彼らの血を蘇らせ、彼らの名を祝福されんことを。

左に行ったらメトゥラ、右に行ったらキリヤットシュモナ
その後、足を伸ばして「住民撤退勧告」がでたメトゥラに行ってきました。ただ住宅地の奥に入るのはいくらなんでも・・・と思って外郭だけ走ってきたので、これといった写真はありません。

それではつまらないので、在りし日のグッドフェンスの写真でも。

グッドフェンス

この写真を撮ったのは、グッドフェンスが閉鎖された後です。今日は当然ながら軍の車がかなり手前の道から封鎖していました。
その昔、このグッドフェンスを通って、レBノン南部に住んでいる人達がイ国に仕事や買物に来ていたこともあったのですが・・・。


それにしても、どこに行っても、すごかったですよ。観光客。
私だけじゃない。カメラを持って町を歩いていたら、村で働く某部門のS嬢&彼氏とバッタリ。やはり同じように被害地巡りをしていたし(そして彼女から「落ちたのはあの辺とあの辺と・・・情報を得た)。
クファル・ギラディは人出が多く、追悼ろうそくを捧げる人もいました。
うちの村のペンションでも、「どの辺に落ちたんだ?」と落ちた場所を聞く客がかなりいるとか。

キリヤットシュモナは、私の生活には欠かせない町です。
もちろん、私が住むのはここから10キロほど南の村ですが、生活に必要なありとあらゆることは、全てこの町で行っています。
運転免許、診療所、簿記教室、全てこの町です。町を歩けば親しく声を掛けてくる人もいるし、最早この町で私を「チャイナ」という人はほぼいません(いたとしたら外部から来ている人くらい)。


2日前の日本大使公邸でのパーティーで、
「キリヤットシュモナ、えー、ギャハハハー!」
と在イスラエルの日本人女性数名に大爆笑された。
実は、それで気分が悪くなって帰ってきました。
私よりもおそらく年上の初対面の人ばかりなんですけどね。

都心部に住む人にとっては、他人事でしょう。
そんな所に住むから悪い。イヤなら住まなければいいと思うでしょう。
タバコの煙を私に吹きかけて、「ギャハハー! なんでー!」って。
「バカな田舎者!」っていう意味で、面と向かって大爆笑したんだよね?

でもさ、国境ギリギリのこの町は、笑い事じゃねぇんだよ。

あなたの家には飛んでこないからいいよね。
気楽だよね。笑い事だよね。日本人で固まって笑える話だよね。
だからタバコの煙を私に吹きかけながら「ギャハハー」って笑ったんだ。

ロケット砲が無差別に飛んでくるのは、笑えること?
1日中止むことのない砲弾音と地響きがするのは、楽しい?
地下シェルターに避難するって、そんなに可笑しい?
兵士も一般人も死んでいるんですけど、爆笑することなんだ?

戦争終わって1週間しか経っていないのに、アンタ達、ヒズボラのテロリストと同類だよ。もしかしたら彼女達が吸っていたタバコ、大麻だったのかな?
どうしてイスラエルって、こんな日本人しかいないんだろう!



ちょっとマジになっちゃいました。

じゃ、最後におまけ。
これは全然関係ないんだけれど。
ときどきもう1つの職場の買物をしに行く工具関係の店の壁画なんですが。

プー&貧乏少女&ヘルツェル

プーさんと、貧乏で不健康そうな女の子と、テオドール・ヘルツェル。

分からん。ぜんぜん分からん。
           
posted by Heshbonit at 20:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月14日

ハフサカット・エッシュ

なんとも不気味な朝でした。
6時半ころ、村の一斉SMSで「8時までは危険時間。外に出ないように」と来て、7時少し前に警報が鳴り、まして・・・。
通常は7時過ぎには出勤ですが、8時まで自宅でニュースを見ていました。

そして、8時。

停戦。
ホントかよ?と思いながら。

今日のヘブ語。「ハフサカット・エッシュ

英語の「Cease Fire」と同じ意味。
「ハフサカ」の語幹は、「PSK」。この派生語は「中止・絶える」と意味が多い。(同じ語幹で、「決定」という意味も持ちます)。
「ハフサカ」は、日常生活では「休憩」という意味で頻出します。
大事な言葉では、
「ハフサカット・ハシマール=停電」、「ハフサカット・マイム=断水」
この2つ、イ国では「シュビタ(ストライキ)」と同じくらい重要な言葉。


朝の時点でのイスラエル軍の注意報では、「今日1日はまだシェルターや安全な所で過ごすように。判断は今夜」と言っていましたが、うちの村で子連れ避難していた人達が早々に戻ってきていました。

午後、カルミエルまで買物に行ったら、まず交通量が通常よりも多かったし、また、帰りはちょっとした渋滞だったし。
これで町の機能も少しは回復するでしょうか。


でも安心するのはまだ早いといいます。
イ軍は、国連軍レバノン仏軍が来るまで、レバノン南部に部分的に残っていますし、アチラがこれでおとなしくなるとは思えません。

北部住民では、「こんな中途半端な時期に停戦するなんて、だったら何のために私達は辛抱したのか」という声も強い。もちろん、「さっさとやめよう」ってな声もあるけれど。

「癌は徹底的に治さなければならない」と言った野党議員がいましたが、今のこの状況はさしずめ、「癌を治そうと開腹したけれど、ちょっと引っ掻き回しただけで何もせずに縫合した」ってなところでしょうか・・・。


それにしても、レバノン。
いい国なのに、悲劇的な歴史続きで。

これが中東と言ってしまえばそこまでですが。


それにしても。
今、スリランカが、レバノンなんかを遥かに上回る勢いでスゴイことになっているんだけれど、誰も追及しないんでしょうか・・・。道路に地雷が仕掛けられていたり、孤児院が爆破されて60人以上の子供が死亡、100人以上が重軽傷・・・。

国連ご一同様、マスコミ関係者様、人権擁護団体様、・・・黙認ですか?

 
posted by Heshbonit at 19:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月13日

国際電話

たった今、電話が鳴りました。

:「ケン?(ヘブ語で、“はい”)」
:「もしもーし、もしもーし」

相手の男は、日本人ではありませんが、日本語です。

:「Heshbonitちゃん?」
:「はい・・・(誰? なんで、ちゃん付けなの?)」
:「元気ぃ? 僕のこと、覚えてるぅ?」

そのオネェ言葉、お前は・・・

:「M?」
:「そうでーす。Mクン♪ 覚えててくれた? 今ね、外国に来ているの」
:「どこ?」


:「レBノーン!


確かに、外国だ。
パスポートは持っていってないだろうけど・・・。

:「・・・お疲れ様。その外国から、なんでここに電話してるわけ?」
:「あのねぇ、Pと一緒なのぉ」
:「え、P? そこにいるの? 代わって代わって!」

先日ケガをしたPが、既に予備役に復帰していたのです。

:「軍に戻って大丈夫なの?(ヘブ語です)」
:「表面を大きく切っただけで、骨にも神経にも異常はないから、縫ったらくっついた。地下シェルターにじっとしているより、コッチに来ている方がリハビリになる。もちろん、小間使いみたいなことしか出来ないけれど。
 それで、見積もりがほしいって言ってるって弟に聞いて、そのことでボスに電話したんだけれど繋がらなくって・・・」

こういう普通の人達が国を守っているのです。

名誉のために書きますが、Mクン、オカマではありません。
日本にいた時の彼女から日本語を習った結果がこうなのです。

なんだか面白かったので、備忘記録として。
posted by Heshbonit at 20:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

静けさの前の嵐

朝、経理部に出勤して、金庫を開けようとした瞬間、非常サイレンが鳴った。

「アタシ、泥棒じゃないよ」

いや、そのサイレンじゃなくて・・・。

その後、「10時までは外出禁止。家にいるように」というSMSが入り、それでもぐずぐずしていたら、他の部員が皆、「帰ろ帰ろ」と動き始めたため、私も帰る。


明朝から、国際政治的圧力ぎゅーぎゅーな、ムリヤリ停戦。
だから、アチラは在庫一掃セールに入るらしい。

しかし、ロケット砲攻撃が始まったのが、10時。
やれやれ。2時間あればかなり働けたのに。
その後、「ロケット砲が来るぞ」放送が何度も鳴り、さらに、「今日はこのまま厳戒態勢でいるように」というSMSが入る。

ヒマすぎ。
ネットも一通り遊んで、最早やることなし。
世界的に日曜日。
皆、家族や友達とのんびりしたり、買物行ったり、楽しんでいるよね。
こっちは山奥で爆音聞きながら自宅待機。つまんない。

あー、おなかすいた。昼ごはん昼ごはん。何もしなくても昼ごはん。

ベジ用ソーセージでホットドッグ

ベジタリアン用ソーセージを使って、ホットドッグごっこ。
そのまま食べるとソーセージの味とは程遠いですが、ちゃんと具をはさんでケチャップやマスタードを付けると、すごく雰囲気が出ます。


さて。
ヒマだから出勤することにした。
「外出禁止」なら、自宅も職場も同じこと。
「青空経理部」じゃないんだから。

夕方5時過ぎまで、請求書と格闘。
何度も何度も何度も何度も何度も「ロケット砲が来る」というアナウンス。
幸い、うちの村には落ちてない。(でも、どこかに落ちている)。


現時点で、既に250発以上のロケット砲(過去最高記録)。
頻繁に「飛んでくる!」というアナウンスが入る。

本当に明日、停戦になるのだろうか。
posted by Heshbonit at 19:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月12日

引きこもり休日

昨夜9時過ぎ、シャワーから出て、エアコンで涼んでいたら、突如、停電。
また落ちたかっ!!と焦りながら、出動態勢の準備にかかり、ボスの指令を待っていましたが、20分後に電気が戻った。単なる電力会社の故障だったそうです。(長時間の停電はガスシステムに影響するため、非常時は切り替えが必要)。

しかし、昨夜はとにかくすごい爆音と振動でそれが朝まで延々と続き、休日だけれど6時前から目が覚めてしまいました。

ネットでしばらく遊んだ後、朝8時過ぎ、テラスで国境を眺めながらの朝食を楽しんでいたら、いきなり非常サイレンも呼びかけもなく、轟音とともに、村の農場のはずれにロケット砲が落ちて来た。どんっ(衝撃)

あー、コーヒーが美味しい。(ヤケ)


午前中は、狭い庭の掃除や剪定をしたり、掃除して洗濯して。
その後は何もする気にならず、借りた「ターミナル」のDVDをつけながら、新聞を読んでボケーっと過ごす。ストーリーは性に合いませんが、空港が大好きだから。

昼ごはんを終えて、洗濯物を村り込んでいると(乾くの早ぇ)、再び、ロケット砲が農場に落ちてきた。どんっ(衝撃)
今回も、非常サイレンも呼びかけもなく。サイレンも放送も休みかよ。

ところがその後、実家の母に電話をかけている最中に、「ロケット砲が来る」という村内緊急放送が。
母:「ねぇ、何かスピーカーで言っているわよ。何なの?」
私:「うん、あのー、ほら、なに、献血車が、献血しに来いって」
よかった。非常サイレンじゃなくて。
あれは、ごまかせない。


14時少し前、村の一斉SMSで、
「歌手の慰問コンサートがあります。中央シェルターに集合」
そして、15時過ぎ、
「歌手は来ました。お菓子もある。エアコンも効いている。来るように」
しかも、このSMSが10分後に再び入った。

数日前から、「歌手が来る」というのは聞いていたことですけれど、催促SMSが2回も来るってコトは。人が集まらないというわけね。
これが、テレビに頻繁に出てくるような有名歌手ならば、顔だけ見に行く価値があるかもしれないけれど、今や落ち目になった歌手が、自分の昔の持ち歌を歌いに来るだけでしょ?
ある意味、売名行為か親切の押し売りに思えなくもない。
21世紀は、ケーブルTVもDVDもインターネットもあるのだから。


15時、知人に髪を切ってもらう。
長いだけの髪ですからただ切るだけで、特殊技術は要りません。
ただし、専門店で買ったマイはさみ、チタン製の高級品です。人間の髪も植物と同様、いいはさみを使うと全然違います。
前回切ったのが1月下旬。気が付いたら、半年経過。

18時頃、夕飯の寿司を巻いていたら、ふたたび飛んできた(キッチンの窓はテラスと同じ西向き)。どんっ(衝撃)

今日は当たり日だな。ちっ(怒った顔)
でも傍らにつけているTVでは、まさに今、アチラの首領が国連決議に賛成とか何とか言っているんだけれど。ま、月曜まで、一掃セールでもする気なのかも。


昨日、本音を書いたのですが、朝起きてPCを開いたらブログわんが、
「知らない人が沢山来て、リンクしているよ! なんかヤバイよ!」
とワンワン言うから、とりあえず現時点では、非公開にします。
まったく、自分のブログなのに、言いたいことも書けやしねぇ。

ここ最近、知らない方からの無言リンクがたくさんあります。
なんだか無言電話がかかって来ているようなイヤな気分。
それがどういう意図があろうにも、なんか腹が立つ。

リンクしたり、内容を引用するのならば、一言断るように。
って書いても、断るワケがないか。




お前ら、仕事はマジメにやれよな。

by ブログわん
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2006年08月11日

花いちもんめ

昨日は本当に断続的に、「ロケット砲が来る!」という放送が流れ続けまして、夜中までそれで起こされました。
しかも、爆音のすごいことすごいこと。これまでもすごかったけれど、昨日から今日にかけては、窓がビリビリ音を立てます。

で? ここにはロケット砲は来てません。でも、どこかに落ちています。

さて、出勤。
地方庁に溜まっているはずの請求書、来ていない。
一部は郵便で来ますが、大部分は地方庁に届けられ、地方庁の人が各村に振り分けます。本店⇔支店みたいなもの、と思ってください。
ところが、村の小間使いのオッサンが、ロケット砲が来るかもしれないから、と理由をつけて、地方庁に行かない。
つまり、請求書が来ていないじゃなくて、誰も取りに行ってないってこと。
そりゃ、地方庁は超厳戒地域と言われる所にあるけれど、でも職員が出勤してデータ作っているんだから、立入禁止でもなんでもない。

なんでオッサンが行かないか? 
分かりやすく言うと、私がガイジンだから。・・・ま、そういう理由。

地方庁の支払い期限は14日。
地方庁に行けば、メールボックスに書類が入っているのは分かっている。
でも、経理部の他の人に言っても、「小間使いの彼に無理に行かせて、それで何かあったら、誰も責任が取れない」なんて弱腰なことを言い出す始末。

というわけで。
『自己責任』として、私、行ってきました。

支払いは私の責任です。
買掛先に、るんるん鬼〜が怖くて行かれないっ なんて言えません。
こういう時期だから、急いで払わなくてもいいとは言うけれど、こちとら日本人ですからね、毎月の支払いはキッチリしたいわけ。

ロケット砲が飛んできたら飛んできた、それだけのことでしょ。
『たまたま地方庁に行った時にロケット砲に当たる確率』っていうのは、宝くじに当たるよりもすごい確率で、どう考えたって、別に危険でもなんでもないのに。
たかが、車で村から10分強。そのすぐそばのスーパーだってやっているし、町の全員が疎開したわけじゃないんだし。

地方庁に行くのはこれが初めて。金曜は休みだけれど、メールボックスがあるホールまでは開いている、と聞いたことがあったから。
地方庁の各村のメールボックスは、案の定、うちの村のだけが溢れんばかりで、他の村のボックスはほぼカラになっていました。(皆、取りに来ているってこと)。


帰りにスーパーに寄って買物してから村に帰ってきて、経理部再出勤。
溜まりに溜まった強烈な量の請求書を仕分けして、コピーを取って、各部署に回して・・・。午後もやろうかと思ったけれど、金曜なんだから半日でいいや、と。

家に帰る前、村のペンションにちょっと用があり、ついでにあまりにもヒマだから、どうせお客さんがいないんでしょ?ってことで、担当さんからお客さん貸し出し用のDVDを借りてきた。


トム・ハNクス主演の、「ターミナル」
・・・最後まで見るに耐えないほどつまらなかった。(消すのもイヤだから、DVDをつけっぱなしにして新聞読んでいました)。
オリジナルの仏映画『パリ空港の人々』は、5回以上は見ているんだけど(好きな映画は?と聞かれて答える1つです)、アメリカバージョンは、「スPルバーグがよくもここまで下らない映画をお金かけてパクったもんだ・・・」とただただ感心した映画でした。


いいなぁ、それにしても、空港・・・。やっぱ空港で働いてみたかった。
チャンスはあったのに。人生において後悔しているコトのひとつです・・・。
posted by Heshbonit at 18:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ガマンの限界

今回の一連のお話。

通常は政治の話などをしたくないから、避けていますけれど、どうしても。

如何なる目的でもリンク不可。不正リンクや引用にはそれなりの対処をします。



さて。

31日も続いて、ガマンの限界なんです。

状況にじゃなく、『世界の報道体制』に対して。

日本にしてもイギリスの放送局にしてもアメリカにしてもなんにしても、一体、何なんですか?

どうしてこうもレバノンばっかり放送するんですか?
イスラエル軍の戦車を映した後に、なぜレバノンの泣く子供が映るのですか?
戦車の先にいるのは、アチラのテロリストですよ。
子供や老人を盾にして、小学校や病院を基地にしているんですよ。

レバノンで野宿する人が可哀想? 家を追われて可哀想?
イスラエルだって、野宿に近い状態で南部のビーチに退避してる人がいます。
イスラエルだって、家がロケット砲で破壊されるから、或いは既に破壊されてしまったから、仕方なく南部の親戚知人を頼って疎開する人がたくさんいるんです。

私の村から近い町には、避難したくても、要介護の高齢者や障害者がいるから、ただただ地下シェルターでじっとするしかない人がいます。
もちろん、そういった人がいるからと、後日、慈善団体や南部の金持ちが「こちらに避難しに来なさい」というケースもあるらしいけれど、残念ながら全員じゃないし、条件が整わなくて行かれないケースの方が多い。

TVで紹介されたある家族は、ご主人の仕事があるために町を離れるわけにいかず、外国人介護者が退避してしまったので、要介護の舅の世話をするために奥さんも子供も残っています。舅はシェルターでは生活できないため、子供は近所の人に託して地下シェルターに避難させ、奥さんは家で介護を続けています。非常サイレンが鳴っても動くことが出来ず、頭から布団を被るそうです。

今回の激戦区であるここは、はっきり言って、金持ちがいない町です。
イスラエル全土でも、生活レベルは下から数えた方が早い町。
分かるでしょ。国境ギリギリ北の最果て。お金があったら都心部に住みますよ。

避難するにも行き先がなく、ようやく市が見つけてくれた避難先に行くために、手に持てるだけの荷物を持ってバスに乗り込もうとしたら、その矢先にサイレンが鳴ってシェルターに退避。解除されたから再びバスに乗ろうとしたらまたサイレンが鳴ってシェルターに・・・。
子供は泣き、女性はパニック、男性は絶望する。
そんなイスラエル人、見たことないでしょ?


世界で報道されているのは、特派員・ジャーナリストの考えで選ばれた情報であり、決して公平な情報ではありません。
第一、中東に来るような特派員やジャーナリストっていうのは、はじめっからアチラ寄りなんです。元からイスラエルをちゃんと撮ろうなんて考えちゃいない。イスラエルが嫌いなんですから。

新聞記事の構文は、はじめから決まっています。
『X曜日、イスラエル軍が、レバノンのXX市を攻撃。子供を含むX人死亡。その一方、ヒズボラもロケット砲攻撃を継続している』
Xの部分に日付と地名を入れるだけ。幼稚園児でも出来る。

それなら、何もわざわざイスラエルに来なくたっていいじゃん、って思うんだけれど、ジャーナリストたるもの、ハクを付けたいんでしょうね。
「私はレバノン戦争の時、イスラエルにいました!!」

学生時代、パレスチナ研究会に属してた人が圧倒的です。女性のマスコミ特派員やジャーナリスト達は、自分の快楽と情報収集という実益のために、アラブ人の男と同棲まがいの生活をしていますよ(本当)。どんなデブでもブサイクでもアラブ社会ではもてるから。
特派員ならばもっと華々しい国に行きたがるのが普通。何をわざわざ、生活文化が異なり、気候も厳しくて埃っぽい中東になんか来ますか?
きっとこの状況で、「特ダネが撮れた! ラッキーな時期にイスラエル駐在になったもんだ」と喜んでいるんでしょう。危険地域特別手当や危険時期出張手当も貰えるんでしょ? 
よかったねー。人の不幸で臨時収入が入って。
アンタの所には、ロケット砲は飛んで来ないからね!


イスラエルの子供も泣き叫んでいます。
イスラエルの女性も嘆いています。
レバノンの全てが、破壊されているわけではありません。
イスラエルの全てが、破壊されているのではないのと同じです。
レバノンのビーチでは、日光浴を楽しむ人だって見られます。
イスラエルのビーチで、日光浴を楽しむ人がいるのと同じです。


特派員らは、ヘブ語は分からなくても、イスラエルのテレビくらい見るはずですが、そんなものは黙殺です。彼らにとって面白くも何ともない。
自分がイスラエルが嫌いだから、イスラエルの真実は放っておく。それが正しいことだと思っている。有名大学を卒業して、高い競争率を勝ち抜いてマスコミに入って、やっていることっていったら、その程度。
そう。頭がいいから、本質は分かっている。だから、その本質を隠す。

彼らのやっていることは、単なる「洗脳」です。
どこぞのカメラマンが写真を偽装したというけれど、他の報道関係者だって、やっていることは同じようなものでしょう。テレビを見ている人は、「この時期にイスラエルに駐在しているジャーナリストが報道するんだから、これが真実なのか!」と信じきってしまう。


平和が大事なのは誰でも同じです。

では、今回の紛争の発端を、考えてください。

ある日突然、国境の向こうからテロリストがイスラエルに不法侵入し、国境警備をしていた兵士3人を射殺。その後、駆けつけた4人を殺して2人拉致して、ロケット砲攻撃を開始。


どうせよというのでしょうか?
昼夜問わずロケット砲が無差別に飛んでくるんです。
国境10キロ圏内、ロケット砲射程距離の私の家から見えるんです。
町が煙に包まれ、山は焼かれて真っ黒です。砲撃のたびに窓がビリビリいいます。サイレンが鳴り続けます。そういう中で暮らしています。

暴力反対? 
誰だって反対です。
誰が、不法侵入して兵士を拉致して残りは殺せと頼みましたか?
誰が、ロケット砲で攻撃してくれなんて頼みましたか?

その結果。

昨日まで、学校に行ったり仕事をしたりしていた普通の若者が、
軍服を着て、殺したくなくても銃を握らなければならない。
人を殺したい人間なんて、そこにはいません。
逆に、殺人願望がある者は精神異常者ですから、軍から除隊されます。
そうやって、知力体力精神力に秀でた優秀な若者が最前線に立つ。
国を守るため、自らが『殺人罪』という悪業を、命に刻む。
命を賭けて、生まれ育った土地と住む人を守らなければならない。
そうでなければ、誰も守ってくれない。
私の村でも、健康な20代男性は全員、軍に召集されています。

もしも、無差別にやっていいのというならば、
南部レバノン一帯を空爆して全破壊するだけ、半日で終了です。
でも、それは出来ない。
なぜから、そこには一般人がいるから。
たとえテロリストの家族でも、女子供は一般人と見なす。
だから、地上戦を展開し、相手を見極めて闘っている。

これほど辛いことはありません。
これが、マスコミが報道しないイスラエルの姿です。


兵役拒否すればいい? 非暴力運動だ?

周辺国が国境を破って押し寄せて、大量殺戮が開始。
そして、1週間以内に、イスラエル国は滅亡します。

話し合いで解決するなら、誰がこの酷暑に命を張って闘いますか。

そうでもしないと、普通の生活すらないのです。
中東っていうのは、そういうところです。

日本のように、世界に金をばら撒く、『平和買い取り方式』とは違う。


イスラエルの要求は初めから同じです。
『拉致した2人の解放と、イスラエルに対する攻撃の永久中止』
理不尽なことは何も要求していません。

レバノンからは2001年に撤退し、領土占領はしていません。
なのに彼らの狙いは何なのか? なぜ兵士7人を殺し2人を誘拐したのか? 
被害者のイスラエルが、なぜここまで叩かれなければならないのか?
誰か、皆に分かるように答えてください。


対話が大事だ?

今すぐレバノンに行って、ヒズボラを説得して来い。
対話が大事だという、お前が行って来い。

言っとくけど、小学校の学級会じゃないんだよ。


昼夜止むことなく、家が震動する爆音が鳴り響いています。
ロケット砲の着弾音とイスラエルの応撃砲。
こうしている今も、非常サイレンが鳴っています。
非常サイレンが鳴るというのは、数十秒以内に無差別ロケット砲が着弾することの警告です。

私の村には落ちなくても、どこかに落ちるでしょう。

またイスラエルの建物が壊されるでしょう。
またイスラエルの家が燃えるでしょう。
またイスラエルの子供が泣くでしょう。
またイスラエルの女が嘆くでしょう。

それでも、奴らは書くでしょう。
『イスラエル軍、レバノン攻撃継続』


文句があるなら、ここに来て、現実を見てください。
意味を理解せず、擦り込まれた『平和』が、一瞬にして壊れるでしょう。

大げさだ、昼夜止まない砲撃音なんてオーバーだと思うだろう。
だったら、ここに今すぐ来て、モノを言え。今すぐ!!!
ロケット砲が落ち、絶え間なく応撃砲を撃っている、今すぐ来い。
ここから何が見えるか、何が聞こえるか、どういう状況か、
砲弾の音が響き、家が震動する中で暮らすとはどういうことか、
それを体験してから言え。

それができない奴は黙っておけ。


58年前、命賭けで建国したこの国の状況は、今も同じなのです。


Video to Remember the Fallen Israeli Soldiers
  
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2006年08月10日

あっちもこっちも

出勤。

先輩部員が、「愛犬の健康状態が悪いから」と、彼女は朝からワンを連れて別の町まで。
近くの町は既に機能が麻痺していて、南部に避難している獣医に電話して、安全な町の獣医を紹介してもらったそうだ。
私は、人間の子供がどうのこうのというのを聞いても別になんとも思わないのだけれど、犬が・・・と聞くと、「それは可哀想に・・・」と思ってしまう。ただでさえ具合が悪いのに、車に乗って病院まで行かなくちゃいけないなんて・・・。
これが猫だと、これっぽっちもなんとも思いません。逆に、猫アレルギーなので、見るだけでもイライラします。以前、猫好きの友人の家に行って、とんでもない目に遭いました。

仕事はどうかといえば、地方庁がデータをまとめているのはいいけれど、請求書がちっとも届かない。今月はどこもそんなだろうから、仕方ないけど。


それにしても、24時間砲弾の音&振動がするのは慣れましたが、今日は朝から断続的に非常サイレンが鳴り響きます。何度か地下シェルター退避命令。でも当然のように入ってないですが。
昼に見晴らしのいい自宅から見たら、北東の方向は煙に包まれていました。まさに戦場・・・。でも、ここまで飛んでこないから。
今日で30日ですよ。どこまで続くのでしょうか・・・。
毎日のロケット砲攻撃は衰えることなく。今日も160発以上です。


ところで。
ヒースローのテロ騒ぎ。
何事かと思いました。事前から情報を入手していたそうですけど。

ヒースロー、甘すぎます。
昨秋、日本に一時帰国して、帰りにロンドンでストップオーバーしてからイスラエルに帰ってきた時のことなんですけれどね。

日本で、ステンレス製のコーヒーマグとか、機械仕掛けの置物とか、アルミコーティングされた保冷バッグとか、包丁とか、面倒なものをかなり買って、バゲージに全部入れていたんですよね。
で、成田のX線では、「いくつか反応していますので開けて下さい」とバゲージオープンさせられて、細かくチェックされ、なにやら書き込みまでしていました。
加えて、イ国のビザがあるか?としつこく聞かれました。


が、ヒースロー。
X線の機械自体がないんです。

実はもう1つ問題があって。
私、ロンドンでちょっと大きめのバゲージを買って、その前に持っていたハードシェルを、新品バゲージの中にスッポリそのまま入れていたんです。それだけに、絶対に何か言われるだろう・・・と思っていたんだけれど、誰も調べない。計量もしませんでした(これはラッキー♪)。

出国ゲートもパスポートをチラっと見ただけでスルっと通してくれたため、免税店をうろうろしていても、なんだか落ち着かない。
「もしかしたら、誰かが来て両腕を掴んで『預けたバゲージについて聞きたいことがある』なんて言うんじゃないか」「せっかく買った新品バゲージを切り裂いてこじ開けられているんじゃないか?」などと心配になってきた。
ところが、そのまま何事もなく機内へ。

こうなると、飛行機に乗るのが怖くなっちゃって。
だって、イスラエル行きですよ、これ。何にもチェックしないで、それで荷物を積み込んじゃっているようなイスラエル行き、乗れます? 大丈夫だと思います?
・・・あ、乗りましたけどね。全然問題なく。

ヒースローは巨大だから、仕方ないといえば仕方ないかもしれないけれど・・・。


私の一時帰国の話は宙に浮いています。
9月下旬の予定だし、間違いなくそれまでには終わっているはずなんですけれど、どうもなんともこの状況で、気が進まないといいますか・・・。
ま、ギリギリだってチケットは買えますから。
今回はBAではなく、別のエアライナーを使う予定。どこもサービスは似たり寄ったりだし、ディスカウントで買うから価格もほぼ同じだから、あとはスケジュールの問題だけなんですが。
posted by Heshbonit at 19:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月09日

裏山炎上

昨夜は、恋愛バトンのせいで、忘れかけていたバブル末期時代を思い出し、ネット再開の嬉しさとともに、時間を忘れてYouTubeで遊びまくり、すっかり夜更かしをいたしました。
記憶と音楽って強烈な関連性がありますね。聴いていると、次から次へと、忘れていたはずの小さなコトまであれこれ思い出す。不思議なものです。


しかし、私の現実はここ、イ国。
紛争は5週目に突入です。

さて、出勤。

今日は会計士が来る日。
ようやく、「学校がどうなるか分かりません」と言うことを伝える。
彼女にしても状況が状況なだけに仕方ないから待つしかないと言い、つまり、「国内が安定してコースを終えたら、給料計算の仕事はHeshbonitにやらせる」という考えを変えてないようです。

9時過ぎ、緊急SMS。
「サイレンなしでいきなりこの付近に落ちた。今日は気をつけましょう」
相変わらず、国境方面からは激しい爆音(振動付き)が聞こえます。


家に帰って食事を済ませ、もう1つの職場経由で経理部に行こうと家を出た時、非常サイレンが鳴り響く。そして、「全員、地下シェルターに入れ!!」という村内放送。いつもの様子とは違います。

もし万が一落ちたら、これでも危険物課のハシクレなので、ガスやガソリンのケアに回らねばならないため、この場合、最寄シェルターではなく、村の中央のシェルターで待機します。

シェルター近辺には人が集まっていて、見晴らしのよい国境側から見たら、数え切れないほどの場所から煙が上がっています。
その直後、ドーンという音がしたと思ったら、見る間に煙が上がり、裏山に火の手が上がりました。
「あれは養鶏場の近くじゃないか」
人が口々に言っているそばから、火はどんどん燃え広がります。

プップー!

クラクションが鳴るほうを見たら、ボスが移動用ゴルフカーに乗っていた。
「養鶏場の裏手らしい。ガス施設があるから、既に担当が閉めているはずだけれど、とにかく様子を見に行く。行くか?」

養鶏場に到着すると、イ軍や自然保護協会の消火隊も出動して来ていて、消火作業を開始しだしました。
火は、養鶏場のすぐ裏まで来ましたが、幸い、延焼防止の低い崖があるため、養鶏場への延焼の危険性はないから、15分ほど様子を見て帰ってきましたが。

うちの裏だけじゃなく、この辺一帯のかなりの所に落ちたようです。
ホントに無差別ですね。
ススだらけだし、まったくもう。


17時過ぎ、「消火隊人手不足! 来れる者はYまで電話せよ」という緊急SMSが入りました。
そう、まだ燃えているのです。裏山は真っ黒。
過疎村と言っても、とりあえず若い人もいるし、高校生とかもいるし。35過ぎたオバサンが行っても足手まといになるだけだから、消火隊への名乗りは辞退しましたけれど。・・・。
posted by Heshbonit at 19:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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