2009年01月03日

切られる側の遠吠え

とまぁ、派遣切りに関してきついことを書いてきました。

私は、切られる側でした。
経理専門って言いつつも、見つかるまでにつなぎで働いた派遣で、消費者金融の一般事務やら米国系自動車会社で秘書&総務をしたこともあります。短期派遣で、住宅展示場の受付やクレジットカードの出張窓口や大型書店での新刊雑誌の販促とか、経理に限らず仕事があれば何でも受けました。
断って心象を悪くするよりも、言われた仕事を請けておいてその都度派遣の担当に「経理の仕事があったら是非。私はそっちが本業なんです」とアピールする。短期でもお金はお金。家で座っていたらゼロ円です。

正社員。いいなぁとは思いましたよ。
いつかはそうなるだろうって漠然とは思っていましたけど、でも、また面接でああいうイヤなことを言われるのもな・・・と、だったら仕事だけしていればよい派遣の方が気楽って思っていたのは事実。
最終的に、働いていた会社を辞めようかと思っていた時に知り合いから声が掛かったものの、今すぐではなくてもいいということで骨休めに出てきたイスラエルでそのままズルズルしているわけですけど。

日本の雇用形態や問題点をどうこういうつもりはない。
だったら自分が正社員だったら?と考えると、やはり同じようなことを思うだろう。

たとえば、女性は35歳でバタンと仕事がなくなる。1度退職した女性が仕事を見つけようとすると、非常に厳しい現実が待っている。
だからって、「寿退社してから20年ぶりに働くんです」という45歳の女性が来て、ロクに仕事も出来ないのに「私はこうだと思うのよ!」なんて職場のお母さん気取りでデーンとしてたら、誰だって腹が立つ。
育児休暇の理想はすばらしいが、1年置きに子供を産む人がいて、それでもその人が現職として在籍し続けていたら、【出産・育児休暇→復帰・時短勤務・子供絡みで頻繁に欠勤→また妊娠→体調不良でたびたび欠勤→出産・育児休暇→復帰・時短・頻繁に欠勤→3人目妊娠→体調不良でたびたび欠勤・・・】。これじゃ一緒に働く側がどうしても被害をこうむる。
その後に入ってきた新入社員のほうがよほど仕事が出来るのに、万年育休の先輩は「私は平成6年入社よ! 働くママは忙しいの。まぁ、子供がいない人には分からないのよねぇ」って先輩ヅラ。腹が立つ。輪が乱れる。

出来ない社員もたくさん見てきた。
日本の雇用形態や問題点を一言だけいうとすれば、終身雇用の安定性に甘えた社員がズルズル居座っているってことでしょう。
正社員が偉く、非正規社員は身分が低い、とあからさまにバカにする。
「私は派遣とも仲良くしていますっ!」ってそりゃ若干はそういう人もいるけれど、そうじゃない人の方が大半なんだな。

契約社員として勤めていた外資系会社で大リストラがあった時、残ることになった私に向かって、「アンタみたいなヨソモノが残れて、なんで私がクビになるのよ!」と、私に突っかかってきて大声で泣き喚いた女子社員(本当)。
それ以降、会社を自分から辞めるまで続いた針の筵のような日々。
なんで私が、って分かんないの? 外資なのに英語が全く出来ず簿記資格すらないのに経理部にいたからでしょ。
アメリカ本社から人事関係者が来て個人面接はあったけれど、「お願いです。この会社に残して下さい」なんて私は一言も言ってない。(あなたは他社員に通訳してもらって面接していましたよね?)
会社が選んだのはヨソモノで使える私で、あなたは自業自得のリストラ。使えるものは使う・使えないものは捨てるって、アメリカの会社はドライなんです。なぜ私が悪者なのさ。

「正社員だから倒産しない限り働ける」という甘い甘い考えのせい。
もちろん、社内試験をクリアしなければ昇進できないとか、「私は独自で土日にスクールで勉強している」っていう人もいるのは知っているけれど、それは若干。
入社後、「そんなに出世するつもりはない」と思えば、勉強しなくていい。
だから誰もが、「正社員がいい」と思う。

遅刻しても早退しても休んでも許され、減給がない。
「仕事がどうしようもなく出来ないから」と部署異動や左遷をされることはあっても、無能で使い物にならないからいう理由でクビになることはない。
椅子に座っていることがキャリアと認められ、毎年昇給。不況でもボーナス。

この甘い状態が、「派遣という応援社員」が必要な現状を作っている。
入社した当日、「なんでこんなにいっぱいいるのに、私が派遣で入るんだろう」と不思議に思ったもん。他の会社でも似たような話は聞きます。社員が遊んでいるから、社員に能力がないから、派遣が一生懸命働く。本末転倒な状態。
その派遣は、契約が切られるかもしれないからと毎日必死。一挙手一投足を女性社員にネチネチ言われても営業スマイル。微熱程度では休めない。有給があっても使いにくい。祝日が多い月は収入が減る。コーディネーターに時給据え置きでも仕事があるだけ有難いと思えと言われ、はいそうですかと今日も働き、キャリアアップのための勉強をし・・・。


ま、事務関係のキャリア派遣と、今回の「製造業に従事していた無能な派遣を切る問題」とはまた別です(ところで「期間工」っていう名前だったはずが、いつの間にか「派遣」になっていますよね?)。
でも何にしても、派遣というシステムを使うに当たって、雇用する側ももっと熟慮しないといけないわけですよ。
以前コメントで書いたけれど、リースのコピーだっていろいろありますが、新しいコピー機が来ると、「前のほうがよかったな」という人が絶対いるよね。自分が使えないのを棚に置いて、機械のせいにする。
安い金しか払わないのに、「この機械は使えない」と文句を言う。
機械のせいにする前に自分を見てみろ。何様のつもりなんだ。

サブプライム辺りから落ち目なのは分かってたじゃん。株が大暴落したらどの業界も行き詰って、誰もが財布の紐を締めるだろう、うちの製品の需要も減るだろうって考えたら分かるよね? 
簡単に派遣を切るんじゃなくて、もう少し期間を置くことが出来たはずでしょ。
アンタ達、有名な大学出て、この大企業で正社員しているんだよね?
毎日毎日その仕事だけをしているんだよね? それでもわかんなかった?
でも何となく言いにくくてズルズル使って、でもあんまり早くから派遣に打診したらT社営業不振!って書き立てられるから言えなかった。でも上役が「製造停止っ!」って言ったから機械の操業を止めたんでしょ? 

派遣は機械じゃないとはいうが、その機械だって人間が作っている。
機械導入をやめれば、その機械を作っている会社が困る。
今回の製造系の生産カットだって、切られた派遣もそうだけれど、機械部品を専門に作っていた下請けとか孫請けとか、もっともっと大変だと思うよ。

だから機械も人間も同じなの。
機械は人間にしか直せないけど、人間は自分自身で努力しないといけないの。

私は、頭は悪いです。外見だってもう酷いもんだ。
愛想はいいけれど、外見をカバーするには程遠い。
学歴でも顔でも世渡りできないから、自分で何とかするしかない。
でも、こんな風に生まれたから努力するということを知ったと思える気がする。
知ってるよ。美人は美人なりに苦労がある。
高学歴はまたそれはそれでいろいろある。
金持ちだからってノウノウとしていられない。
皆、周りから見たら気楽そうだけれど、努力している。
誰だって、そうやって生きているのでしょう。

政府の援助だのセイフティネットの改正だのなんだと言っても、どうせ「掛金が高い」「給付額が少ない」「これが足りない・・・」とガタガタ言うに決まっている。
製造が足りなければ製造派遣を許可。介護が足りなければ介護枠拡大。
そうやって、後先考えないであっちこっち付け足すようにしたところで、働く側の意識がおかしいのだから何にもならない。少なくとも、こんな奴らを介護になんか回したら、大変なことになるのが見えている。

何が蟹工船だ。笑わせんじゃねぇよ。
世界に名だたる民主主義の経済大国で超情報化社会で、望めば誰でも高等教育が受けられ国家資格・民間資格を勉強できる現代で、「この現状は昭和4年と同じだ!」なんてよく言えたもんだ。
あの頃の格差社会は今とは比べようもないほど凄かった。小学校で日本の歴史ってやったよね? 覚えてない? ちょっとさ、そこまで無知で恥ずかしくない?

派遣村でゴロゴロぬくぬくして3食恵んでもらって、
「明日からどうすれば・・・?」 
知るかよ。自分で動けよ。

でも、派遣法を改正するなら、労働基準法も改正したほうがいいよ。
無能な正社員を解雇することは不当ではない、って。
オレは正社員サマ。派遣社員なんてやるヤツはどうしようも負け犬なんだ、って今回のことを他人事のように見てヘラヘラしているウマシカ社員も多いだろうね。

もしも会社が潰れたら、今のあなたが働ける所、あると思う?

生きるのに必死さがなさすぎる。
自分の落ち度を人のせいにはするな。
五体満足なら自分の力でなんとかしろっつの。

平和な日本で生きられないなら、どこも行き場はないからね。
  
posted by Heshbonit at 19:00| 真面目なたわごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月20日

優秀な日本人の皆様

お気に入りブログで、「現代の若い人の話」がありました。
こういうワケの分からない人生を歩んでいる私が言うのはなんですが、最近の若い人は夢がなくて可哀想だな、って思います。
私自身は好き放題やって、その結果、取り返しの付かない人生になってしまった次第。
本当は途中で軌道修正して大気圏突入するはずが、軌道修正に失敗してしまったためにこうなったんです。今さら軌道修正の失敗をどうにも出来ず、宇宙漂流。

それでも、なんつーのかな、

『22歳で趣味が貯金、車も買わなければ海外旅行にも行かない』
・・・そういうのってどうなんだろう。

もちろん私の時にもたくさんいましたけど。でもちょっとは旅行に行こうとか趣味に使おうって、それもそれで自分のためのプラスになることだと思うんですよ。

池波正太郎の「男の系譜」という、昔の偉人に関してあれやこれやと語り下ろした本があり、その中に「綱吉」と「吉宗」という項があります。

元々将軍になれる可能性がめちゃめちゃ低かった綱吉は、子供の頃から学問ばかりで遊びもせず、ひたすら四書と易経の学習に時間を費やしました。
父が3代家光とはいえ側室の四男坊、質素で慎ましく勉強に打ち込む毎日。
さて、義兄の4代家綱が急逝し、他の兄弟も他界したために五代将軍に。
側近も殺されてうるさく言うヤツがいなくなった。そこで権力を一気に掌握することになり、歯止めが利かなくなった。
生まれて此の方贅沢をしたことがなく、ただただ勉強しかしてこなかった綱吉。そういう人が「何でも出来る」ってことに目覚めると、何をするにも止め処がない。
取り入る者を重用し、ジャマなものを退ける。下々の生活など我感知せずで好き放題。生類哀れみの令がその最たるものでしょう。おかげで江戸城下に無用の役人がうろうろすることになる。誰だってこのままじゃいけないのは分かるけど、頭のいい人だから始末が悪い、と。

その後、6代・7代将軍が短命で、8代に選ばれたのが紀州の吉宗。
これがまた、徳川御三家とはいっても側室の末っ子で夢にも将軍になるとは思っていないから、子供の頃から野原を駆け回り、農民町人と交わっていた。
元来、機転が利き、人付き合いもよい。紀伊藩主になってからは農民町民のために尽力し、それが徳川宗家の目に留まって、(ま、内部ゴタゴタの後)将軍に。
傾ききった徳川家の経済をどうにかすべく、享保の改革を推進。
徳川15代の中で、初代家康を除けば最も将軍らしく治世した将軍です。
っていわずと知れた暴れん坊将軍、長々と書く必要はないですね。

・・・だからなんだって言ってもね。

まぁね、昔々の偉人の話を持ち出して、「昔の人は偉かったよ。だから、おまえさんもね・・・」なんて偉そうな話をするつもりはない。
でも、なんていうのかな、やっぱり人間にはいろんな余裕って言うのが必要で、いろんな出会いやいろんな挫折やいろんな苦労やいろんな失敗を経験することが大事だと思うんです。

TVをつければ、世界の国々を訪ねる番組がある。それを見ていると、なんだか行ったつもりになれる。でも、旅行って「行ったつもり」じゃないんだよね。
ビザなしで多くの国に問題なく入れる日本人パスポートを持っているのに、なぜそれを使おうとしないのか! 50歳60歳になってお金に余裕が出てきて行くのと、20代で行くのとはぜんぜん違うんだよ。

そりゃよっぽどの秘境や危険地域なら行ったつもりで十分。紛争地域なんかだったら、英語もロクに出来ない金ヅル日本人が行く方がよほど迷惑ですから。
でもたとえば、以前書いたけど、私はフィレンツェのウフィツィ美術館でプリマベーラを見てすごい衝撃を受けた。それがどういう衝撃か、文章にすることは到底出来ない。「本物はすごい」っていうことが、絵心なんて全くない私でも分かった。
ギザの大ピラミッドの中の蒸し暑さや、ルクソール神殿の柱の太さやレリーフの深みや、アブシンベルの偉大さは、実際に見なければ絶対に分からない。
バチカンの壮大さは写真や映像では到底分からない。あれはあの場所に足を踏み入れてこそなのだ。
冬のヨーロッパの日暮れの早さ、夏のシャモニの寒さ、インドの臭さやバンコクの喧騒は、体験しなければ絶対に分からない。
もちろん、遺跡を見ろ芸術を見ろってことだけじゃない。
盗まれたり騙されたり乗り遅れたりお腹を壊したり言葉が通じなくて悔しい思いをしたり、そしてまた思いがけない優しさに涙したり、そういうのも含めて、「旅に出る」ってことなんですよ。

・・・つまり旅行に行けばいいってこと?

別に今すぐ新幹線に乗れとか、パスポート持って飛べ、とは言わない。それが全てじゃないし、誰もが行ったからどうなるってもんじゃない。
そういうんじゃないけど、なんつーの、旅行だけじゃなく、もう少し幅を持つっていうか、決めたコースを常に特急で走るんじゃなく、途中で降りて休んでそれでまた特急に乗ることだって大事なんじゃないでしょうか。
日本という国がどれだけ厳しいかは分かってます。いえ、分かっていないのかもしれないけど、まぁ厳しいからこそ、私みたいな人間が住めなかった、ということは分かっている。

・・・それで得たものはあるんですか?

胸を張って答えましょう。
失ったもののほうが多いです。(爆)
この年じゃもう帰れないさ。毎日毎日毎時間毎時間毎分毎秒、
「あー、なんで私はこんなところにいるんだろう」って思ってる。

でも1つだけいえることは、国内外で多くの出会いがあった中で、【人間としての深み】を感じた人に共通することは、学歴でも出身大学でも年齢でも立場でもなく、若い時に多少の冒険や脱線や失敗や挫折をし、身をもって苦労した人達でした。
もちろん、旅行とか留学だけじゃなく、仕事でも趣味でも何でも。

今の時代、TVでもネットでも本当に簡単に情報が入るから、「こうしたら要領よく上手くいくらしい」「コレはどうも失敗するらしい」っていうマニュアルをすぐに見出すことができる。
好き放題な人生を送った成り下がりの成れの果てみたいな私のブログを読めば、「こういう人生は後が大変」っていう反面教師になることだろう。

でもやっぱなんでも、自分でやってこそ、なんですよ。
人生は、価格comやコスメネットで決めるものじゃない。
ましてや日本人。自分の身の丈に合う一生しか過ごせないわけじゃない。
いろんな人に出会い、本物を見て、失敗して凹み、自分の小ささと世界の大きさを知ることが、人間の価値と多様性を広げていくのでしょう。
TVを通して見るのは、「いかにして視聴率を上げるか?」とスタッフが作り上げた映像であり、それはほんの一部でしかないんです。
ネットで得る情報はあくまでも発信者の情報であり、誰かにとってはそれが失敗でも、自分にとっては成功につながるかもしれないんです。

もちろん、同じ道をひたすら歩き続けることもすごいことだと思います。
私にはそれが出来なかった。むしろすごいと思うし、この年になってみれば、下手なことを考えずにそういう人生を歩めばよかったと思うことがあります。

でも若いなら、横道の楽しさを知ってほしい。横道に楽しさを見出してほしい。
こうしたいああしたいって夢を持つことって、20代だからできるんでしょ。
大した人間じゃなくても、何かしてみたいってことくらいあるでしょ。

逆に言えばさ、すげぇ頭がいい人間じゃないなら、いいじゃん、別に。
どうせ頑張ったって、金持ちや有名大学を出たエリートには適わない。
必死にやってもようやく人並み。隣の芝生は青い。うちは貧乏草。
なら、多少好きな事に時間を費やしても行き着くところは結局同じ。
20代から自分を狭い枠に嵌めてどうするの。
人間だよ、人形焼じゃないよ。しかも、日本人なんだよ。

将来が不安なのは誰も同じ。
年金問題に格差社会にサブプライムに世界金融不安、温暖化に天変地災。

だからって、20歳から65歳を目指して生きるって、つまんないだろ。

日本全体が完全マニュアル化され、失敗することが許されず、一挙手一投足行動の完璧さばかりを重視し、誰が悪い何が悪いと責任を追及しすぎる世の中になった結果が、首相が立っては辞め立っては辞め・・・っていう現状を作るんじゃないだろうか、そう思えてならないのです。

ひらめき 関連記事:続・優秀な日本の皆様へ

   
posted by Heshbonit at 17:00| 真面目なたわごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月15日

ペンシア

たまにはマジメ系。

最近、年金関連の検索がやたらあるからなんだろうと思っていたんですが、そういう本が出たんですね。

ユダヤ人なら年金を絶対国にまかせない

またこの手の・・・。
イスラエルは8割以上がユダヤ人だけど、そのうちのこれまた8割が国にお任せ状態だと思うんですが。
ま、この類の本って後から後からよく出ますね。
「ユダヤ人は〜」「ユダヤ人の〜」。目を惹くからだろうな。
確かに超一部のアメリカなんかに住んでいる財界で活躍する富豪ユダヤ系ならそうでしょうね。国に任せないって、そりゃ自分の資産があれば、国から微々たる年金をアテにする必要なんてないんだしさ。

ここ数年、フランス在住の富豪ユダヤ系が「イスラエルに別荘を買う」っていうのが大流行しているようで、この夏休みも特に中部沿岸地域の街はフランス人でごった返しているようです。(特にそのエリアが大好きらしい)。なんでも、そのエリアの高級ホテルに宿泊している9割がフランス人だとか。

数ヶ月前、イスラエルの不動産会社がフランスで説明会を開いた模様をTVでやっていましたけど、まぁ来ているのは皆お金持ち。
だからって在仏ユダヤ人がみんな金持ちってわけじゃない。ほんのごく一部。
理由はさまざま。欧米先進国に住むユダヤ人にとっては、イスラエル国籍を取ったり(もちろん二重国籍)、不動産を所有したりするのはステイタスだからっていうのもあるし、近年のフランスにおけるユダヤ人に対するいろんなコトを懸念してっていう人も少なからずいる。
何にせよ、ごくごく一部のお金持ちユダヤ人を指して「ユダヤ人は!」っていうなら分かるけど、少なくとも90%はそうじゃないからね・・・。

表題のペンシアは、年金・定年退職。または年金生活状態の総称。
イスラエルでは国籍・永住権を所有していれば、国からの年金(キツバット・ジクナ)は満額で約1800シェケル(5万4千円)。満額っていうのはイスラエルに35年以上居住している場合であり、移民で在住10年未満だと最低支給額の約1200シェケル(3万6千円)。
ちなみに、欧州諸国とは年金協定があります。詳細割愛。

イスラエルの定年は、男性67歳・女性64歳ですが、一定額以上の所得(給与・不動産・配当・利息等)がある人は、70歳までは(女性は67歳まで)年金がもらえません。
イスラエルの物価は、日本よりも高い。どう考えても生活できない。生活できない人は生活保護。もちろん生活保護なんてどの国も同じようにギリギリ生活。

それでもこうして国からの微々たる年金を頼りにする人が多すぎるがために、ようやく最近になって明確な法規制が出来、「給料から年金積立金をすること」っていうのが雇用条件として義務化されました。
年金積立金はいくつか種類がありますが、どれも銀行や投資信託企業にプールすることになっており、現行法では投資会社が倒産した場合、国が全面的に保障することになっていて、ペイオフ限度額指定はない。(銀行も同様)。

とはいいながらも、米サブプライム問題やイスラエル少子化の現状などから、既に「投資信託企業の退職年金基金、10年持つのか?」なんていう情報が経済関連のコラムに頻繁に出ている。
かといって、6割以上の家庭が、「毎月赤字スレスレで貯蓄に回す余裕は全くない」というこのイスラエルで、自分で将来のために何かを備えるなんてことが出来るのは、ホントに一部の富裕層だけってことになる。

結局、どこでもそうだけれど、マイノリティであれば「がんばろう!」ってことになるけれど、マジョリティになってしまったら「皆こうだし、ま、こんなもんかな?」っていう状態なんですよね。
ごくごくごく一部の、経済的にも恵まれていて頭脳的にも優れたマイノリティユダヤ人を指して、「ユダヤ人はこうだ!」って言って、それについての本を書いても、ヒントにはなっても全体を正しく捉えているとは言いがたい。
「トンデモ系」ではないにしても、「ユダヤ人」って書く必要はないだろうってのは明らか。世界に散らばっているインド人だって華僑だってそんなだもん。


昨日、村の宿泊施設に来ていたアメリカ人夫婦に道を訊かれ、なんか話のついでにちょっと雑談をしたら、彼らが「3週間前にイスラエルに移民してきたんだ」と。
3週間前に移民してきて、もうバケーション・・・。在住国で移民手続きをしてきた者は、イスラエルの空港でIDカードがもらえる。入国と同時にステイタスゲット。
半年待たずにアメリカに帰るだろうな。

ひらめき 関連記事:
  イスラエルの年金制度−国民年金
  イスラエルの年金制度−投資型年金

  
posted by Heshbonit at 21:00| 真面目なたわごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月19日

過去との遭遇

休日。

暇に任せて、何の目的もなくようつべ閲覧して遊んでいたら、
10代の時の遊び仲間が、有名になって活躍している画像を、
まさかの偶然に、思いもしなかった偶然で、発見してしまった。

そりゃあもう、強烈な衝撃・・・。

しばらくどうしてよいか分からず、挙動不審にジタバタ。
消しては見て、見ては消し、もう見ないと思いつつ何度も見てしまった。

噂には聞いていた。検索エンジンに名前を入れるとヒットする。
でも、映像っていうのは、セカンドインパクトな打撃。


・・・友が皆我より偉く見ゆる日よ


あの中で、この年齢になっても、将来も考えずにタラタラ働きながら毎日ネットで遊んでるのなんか、どう考えたって私くらい。1人だけごくたまに連絡をする人も、ウィキにその履歴が載っている人になっている。
もっとも、遊び仲間って言っても、皆はレベルがとても高かった。連絡が途絶えてから16年経過。その人だって、私のことなど覚えてもいないだろう。


世捨て人のような逃亡者のような毎日の中で、どうにも溶け込めなかった日本が無性に恋しくなることもあり、そして、こういう映像を見てしまうと、もはや戻ることが出来ない、遠すぎる過去への焦燥に駆られてしまう。
仮定形あるいは過去完了形のはずなのに、心のどこかではまだ過去進行形にし、それを現在形はては未来形にしたがる自分がいる。

好奇心と衝動だけで何も考えずに生きてきた私の16年と、才能溢れる彼らが積み上げてきた16年の重みは、全く違う。いや、生まれた時点からきっと違うのだ。
到底、彼らのようになれるわけがなく、だからと言って、彼らのようになりたいとも思わない。決して負け惜しみではなく。

それなのに、なぜだろう。
人間の欲というものは、底なしに深い。


イ国の過疎村は、今日も強い風が吹いている。
国境まで10km。向こうは、雪が積もっているらしい。

こんな山奥で何をしているのかとシラフに還ることもあるが、どこにも、そして誰にも馴染むことが出来なかった人間に相応しい場所だ、と思うことも多々ある。

                    
        
           
            ・・・我泣きぬれて蛙とパンダと戯る
posted by Heshbonit at 16:00| 真面目なたわごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月12日

首相辞任

昼に家に帰ってCNNを付けたら、「Japanese PM step down」という字幕が速報で流れたのでちょっとビックリいたしました。
日本の政治がどうなっているのか、三面記事程度にしか見ていなかったので、いきなり辞職の意味が分からなかった。ずいぶん短命でしたね。
ゴシップまみれで運がなかった、といえば、そこまでですけど。

ま、過去の政界だってそういうことがたくさんあったはずなのが、政治家の権力で押さえつけていたんでしょう。それが最近は報道がオープンになって、なんでもかんでも明るみに出る時代になってしまい、隠し事が出来ない状態なんでしょうね。
ま、いいのか悪いのか。なんでもかんでもオープンにして、知識のない人間がワーワー言えばいいってもんじゃない、とも思っていますから。


日本にいた時は、普通に、「平和第一主義」って思っていました。
とにかく何が何でも戦争反対。武器を持つのはよくない。憲法9条絶対、と。
ま、世界が狭かったんですよ。

理想は素晴らしいです。その理念を捨ててはならない。
でもね、それが通じる相手は世界にほんの一握りしかないのです。


イスラエルに来て、自分の考えを根底から覆された。
ここの平和は、公共バスやカフェが爆発されないことであり、国境警備の兵士が拉致されないことであり、国境の向こうからロケット砲が飛んでこないこと。
当たり前のことすら、命を懸けなければ守れない国にいると、何が何でも「平和」といい散らすことの不条理さが見えてくる。


インド洋で給油することの、何が悪いんですか?
給油したから、なんなんですか?

お金さえ払えば済むなら誰だってそうしたい。
でもそれが通用しないから、「せめて給油する程度の形だけでも参加できないか?」ということになったわけでしょう。


「部長、私は会社に仕事をしに入社したんです。宴会に出てビールを注いで接待なんて私は出来ません! 冗談じゃない。セクハラですよ。それにワイロだの献金だの、法に触れる行為じゃないですか!」

ええ、あなたのおっしゃるのは、御尤も。
OLをそんな風に使っちゃいけません。ワイロもいけません。
ええ、ええ、なにもかも、あなたの言うのは、御尤もです。
でもね、世の中、「御尤も」がまかり通らないこともあるんです。

服を脱いで踊れとは言っていない。頭を下げてワイロを渡せとも言っていない。取引先の夜の相手をしろとも言っていない。責任を取れとも言わない。
そういうイヤなことは他の人がやるから、キミはとりあえずビールを注いだり、料理を取り分けたりするくらい出来るだろう・・・?
誰もがそれがよくないことだとは分かっている。やりたくないことだと思っている。でも、それが風潮ならしょうがない。皆もガマンしてそれをやっているんだから、とりあえず、キミもちょっとは参加してくれないか、と。


給油はする。それ以上はしない。
そのスタンスをハッキリ持って動けばいい。
「これ以上は出来ません」と断固として言えばいい。
そしてその中で、現状を見た上で、自分の意見を言えばいい。
そうは思えないですか? 
日本はそんなに弱い国じゃないでしょ?
実情も見ず何もせずただ平和平和と言ったところで、誰が耳を貸しますか?


平和は、世界全員の理想です。
でも世の中には、どうにもならない悪が存在する。
悪には、善では適わず、必要悪でしか立ち向かえないのが現状だ。
その必要悪に対して、「御尤も」を言い散らすのはどこまで通るのか。
必要悪をしている人達は、自分が何をしているのか、いやというほど分かっている。分かっているけれど仕方なくやっている。誰だって戦争なんてしたくない。無意味な死なんて、まっぴらです。


日本人にとっての平和とはなんですか。
自分の言葉で本当の平和を語れる人がどれだけいるのか。
特に戦争を全く知らない世代が、平和の価値をどう話すことが出来ますか。
ただ刷り込まれただけの「平和」という言葉で、一体なにが出来るでしょうか。
まさか、「非武装=平和主義」「武器を持つ人は戦争主義」なんて言わないよね? 
子供じゃないんだからさ。


闘うべき相手は、悪であり、必要悪ではない。
必要悪に強く出たところで、悪を喜ばせるだけ。
今の世界情勢はそういうことなのです。
なぜそれが理解できないのか。

できないよね。私もココに来るまで、それが分からなかった。
posted by Heshbonit at 22:00| 真面目なたわごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月14日

どうして日本はそうなのか

日本のネットを見ているとやたら出てくる「格差社会」

昨日今日に始まったわけじゃないんだし、とりあえず皆携帯電話を持っていて、人並みの生活をしているわけだから、昔に比べたら今のほうが格差がないんじゃないかとも思うんですけれど、どうなんでしょう。
少し前に勝ち組だの負け組だのという言葉が流行ったのと同じような感覚なのでしょうか。

「日本人はどうしてそうなのか?」

先日、コメント欄にそういう疑問がありました。
そうなんですよね。

こうやってイ国で生活していて、「え、なにそれ?」ってことがたくさんあるのですが、「ま、いっか」と流せてしまう毎日。もちろんイ国だけではなく、海外旅行などに行っても、唖然とすることが多々あるものの、だからって腹が立つかといえばそれほどでもない。
自分に危害・損害がある場合と、プライドを傷つけられるようなことさえされなければ、「しょうがないよねー」として、諦めてしまう。

でも日本はそうじゃない。
スーパーのレジで3人くらい並んでいたり、コンビニの店員がレジにいない時に精算に立つと、どこからともなくダッシュで飛んできて、「大変おまたせいたしました」と平謝りされる。電車が数分遅れると、「申し訳ありませんでした」とアナウンスが流れ、「遅延証明書」がでる。
電話なんてワンコールが常識。3コール目で「大変お待たせいたしました。◎◎社の担当△△でございます」とこれまた平謝り。
百貨店の定休日前は、「誠に勝手ながら、明日は定休日のため、閉店させていただきます」と思いっきり謙ったアナウンスが流れる。

だからって、江戸時代にしても明治時代にしても、こんなに皆、ヘコヘコ謝っていたとは思えないですよね。
士農工商の士とその家族なんて全体の1%で、さらに時代が変わってそのかなりが平民になったわけで、大半がお百姓さんだったり普通の町人・市民だったりしたわけでしょう。どう考えても自分の地主やらお侍さん以外の人に対して、ヘコヘコしなかったでしょ。

いつの間にそうやって、日本が型に嵌っていくようになったのか、すごく不思議。
ま、ある意味、お百姓さんも町人も皆が「平民」になるためにそういう型にはまっていった結果がこれなのでしょうか。


面白いのは、日本人の謝罪。
事故があったらとりあえずその場の加害側が謝る。でも謝った所で裁判の時に不利にならない。
以前書いた気がしますが、イ国の船が日本の漁船を沈没させた時も、カナダ製の飛行機で事故があった時も、それぞれの代表者がとりあえず謝罪したんですよね。なんだか不思議な光景でした。おそらく、日本側が「これは日本の文化だから、謝った方がいい。そのほうがとりあえず遺族が静かになるから」とでも言われたのでしょう。


型に嵌める代表が、日本の駅に大量に表示されているK国語とC国語。
あのね、一体どこの国が、特定の国からの観光客が増えたからと言って、その国民のためだけに、その国民の言語での表示を増やしたりしますか?
どの国だって、自国語と英語(公用語)で十分でしょ。それこそ、ローカルの地下鉄やバスは自国語だけの表示だけのところが多い。

あれは別に、「日本国に観光で来てくれたK国人・C国人のための優しさ」、ではなく、彼らを「日本という型に嵌めるための手段」ですよね。
つまり、彼らが文字を理解できなくて、まごついて止まったり、流れに逆流したらジャマだから。優しくもなんでもないの。逆に言えば、「観光客に聞かれて答える人がいない=冷たい」ってことじゃない?

ついでに言えば、あんなにたくさんの言語で書いてあったら、英語(ローマ字)しか理解しない人の混乱を招くような気がします。
私たちは日本人だから、書いてあるのが、「日・K・C・ローマ字」っていうのが判読付くけれど、例えば英語圏の人にしたら、日本語もKもCも同じ文字(=全て日本語)にしか見えませんよね?
「あんなにたくさん書いてあるのに、ローマ字で1行だけなのはなぜか?」って、不思議な気持ちになるような気がするんですけれど。


この型っていうのが結局なんなのかというと、数字なんじゃないかと。
平均年収はいくら。平均年齢はいくら。何でもかんでも数字がある。
勉強する人は偏差値。営業の人ならノルマ。
2X歳には就職をしなければならない。3X歳ならば結婚しなければならない。3X歳なら子供を産まなければならない。3X歳なら家を持たねばならない・・・。
2X歳が乗るべき車はこれ。3X歳ならこういう車に乗るのが普通。
2X歳ならこういう服装をするべき。3X歳に相応しい髪型はこれ。その服装や髪型のために費やすお金の基準は一体どこからくるのか・・・。
数値から外れた者は基準以下とされる。基準以下の者に敗者復活戦がまずない。


ま、これだけズラズラ書いて、私がアンチ日本なのかといえばそうじゃないです。
ええ、根っからの日本人。生粋の日本人。くどいくらいの日本人。
煮ても焼いても干しても、剥いても切っても日本人。
カタチとか流れっていうのは非常に苦手なんですが、「日本人としての根性」を捨てることが出来ない。

たとえばですね。
上に数字のことを書きましたが、イスラエル人が時間にルーズなのはガマンしても、日本人が遅刻するのは許さない。
時効だから書きますけど、以前コチラで知り合った日本人女性、連絡なく2回遅刻してきたので、それ以降のお付き合いをキッパリやめました。「時間すら守れない人」は信用しません。
それと、日本人会の集まりなどでも(前に住んでいた国も含めて)、どう見ても遅刻する理由がなさそうな人に限って遅れてくるのが許せない。
駐在員が仕事が延びてしまって駆けつけました・・・というのは見れば分かりますが、そういうのではなく、「現地化した」としか思えない日本人。
そりゃ確かに現地人のパーティーっていうのは、定刻から30分くらい遅れて行くのが普通だったりもしますけれど、日本人にそれは有り得ない。
ね、ほら、「有り得ない」って、そう考えてしまう。
日本人たるもの、時間は守るべきだ、って。

不思議なことに、イスラエルでイスラエル人にムチャクチャな態度を取られても何とも思わないけれど、日本に一時帰国した時にサービスが悪かったりすると、なんか腹が立つ。「てめぇ、何だその態度は!」と言いたくなる。言いませんけどね。もう若くないんだから(え、若い時は言ってたのか?)


でもね、時間を守るとかサービスに努めるっていうくらいならばそれはそれで素晴らしいことなんですが、そうやって全ての物を同じ型に嵌めて、マニュアルに収めて形成しようとした時、爆発してしまったりする。

パンで言えば、捏ねすぎたとか、醗酵させすぎてしまった状態。

とにかくエスカレートしすぎてしまう。
何でもかんでも謝らなければいけない。何がなんでも期日に間に合わせなければならない。何が何でも数字を達成しなければならない。

だから、会社の帰りに同僚と飲んだり騒いだり歌ったりする。
そんなことで発散できないと、我を失って酔っ払って知らない人にしなだれかかったり、電車の中でオネーチャンのお尻や胸を触ったりする。
軽犯罪ならまだしも、思いつめて自分の命を絶ってしまう人がたくさんいる。


だからって、日本って危険な国なんでしょうか。
テレビで「今の日本は危険だ」なんて騒ぐほど大変なのでしょうか。
とんでもない。恐らく世界屈指の優秀で平和な国だと思うんですよね。

「このままでは将来の年金がどうなってしまうのか!」

年金が払われない可能性は、まずないと思います。
「2040年以降、年金支給額上限は1人3万円。生活保護は1人2万円。少子化で子供もいないし、日本にはお金がないんですから」
・・・なんていう勇気ある決定を下す首相や厚労相、出てくると思いますか? 
どんなに経済が傾いても、社会保険庁が赤字でどうしようもなくなっても、自分のポストを維持するために、自分の任期だけは年金を支給するでしょう。
そしてその次に厚労大臣になった人が見て「うわ、なんだこの赤字は!」と卒倒しそうになったとしても、やはり自分の任期だけは年金を支給します。
自分のポストだけじゃなく、命だって危ないですからね。


イスラエルなんてもっと大変ですよ。
海の向こうから、命中率の低いロケットが飛んでくるのとはワケが違いますから。敵国の数だってハンパじゃないし。
もっと大変ですけれど、誰も危機感持って暮らしていないです。
日本のマスコミがきて同じような「この国は大丈夫か!」なんていう番組作ったら、もうスゴイコトになると思います。

他の国だってそうでしょうね。ヨーロッパもアメリカもアフリカもアジア諸国も、もう危険で危険でどうしようもないと思います。
だからって、国民がそんな危機感持って生きているとは思えない。

少子化だって日本だけの問題じゃない。イスラエルも少子化の危機です。
その危機は、年金なんていうレベルではなく、『イスラエルの存在理由』に関係するほどの危機です。どんな危機? ま、想像してください。
でもだからって誰も「お国のために」という強い意志で子供を産む人はいないでしょう(やれば勝手に出来ると言ったほうが早いかも)。


危険だ危険だと妙な番組を作るから、将来を悲観するんじゃないでしょうか?
何でも情報として取り上げて流すから、それを見た人が、隣りの人と比べて、格差が明るみになるのではないでしょうか?


おにぎりが食べたいと一言記して孤独死した男性がいたそうで。

あの新聞を読んだ誰もが、「おにぎりくらい、言ってくれたら、いくらでも上げたのにねぇ・・・」と思ったことでしょう。

でももしも、自分の家の近くに、単身で身寄りがなくていつも同じ服を着ているような男性が歩いていたり、児童公園にじっと座っていたら、話しかけますか?

「不審な男性がいる」と、警察に通報するのではないでしょうか。

現代の日本では、誰も彼を助けない。それが常識。
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2007年07月02日

日本人の恥

 
「原爆、しょうがなかった」

よく言えたモンですね。
防衛大臣が。

・・・。

これって、ユダヤ人が

「ユダヤ人大虐殺、しょうがなかった」

っていうのと全く同じ。

もう、すんごい恥。

で、それを撤回しちゃうのがさらに恥の上塗り。


日本には住んでいないけれど、
税金も社会保険も納めていないけれど、
東大法学部どころか、大学も行ってないけれど、
大和民族として日本に生まれたから、
それがどういう意味なのかは分かる。

世界がこれだけ平和に尽力している中、
これだけ核廃絶を訴える中、
よく言えたもんだ。よく撤回できたもんだ。

防衛相、辞めなよ。日本人の恥だから。


今日は、第2レバノン戦争戦没者慰霊日です(ユダヤ暦で。実際の開戦は7月12日)。
毎日、止むことのない爆音と振動とロケット砲の恐怖に耐えた日々から1周年。
イスラエル各地で、追悼式典が行われています。

最早、戦争が起こり得ない日本では、
そういう防衛大臣でもありなんだろうか。
 
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2007年05月01日

ヴィノグラド調査委員会

ヴィノグラド調査委員会。

昨年夏の第二レバノン戦争の戦争責任に関しての調査委員会。

ヴィノグラドとは、委員長をしている人の名前。この真ん中の人です。
vinograd.jpg

昨日午後に調査に関する中間報告が出ました。
ま、決まりきったようなことの発表です。
前に書きましたが、現在の首相は、シャロン元首相が倒れてしまったために五月雨式に役職に付いたようなオルマート氏で。国防相は、元はストライキの親分をしていた人で軍での経験が少なく、参謀総長は空軍卒のエリートで地上戦に全く向かない。
ついでに、こんなに長期間の戦争になるとは思っていなかったから、軍の装備や一般人のシェルターに不備が多かった。

中間報告はそれらをただ並べていただけで、別に目新しくも何でもありません。
参謀総長は、自分の非を認める形で辞任しているため、国民の批判はそれほど強くないですが、1番非難轟々なのは国防相です。ま、それでもしばらくは居座るでしょう。

日本の新聞は、鬼の首でも取ったかのように、「首相が戦争責任を追求され、国内は騒然としている」だのなんだのと書き連ねていますが。
ぜんぜん騒然としていません。静かなもんです。あれから8ヶ月、何も飛んで来ていないわけですし。

結局、誰が首相で誰が国防相で誰が参謀総長でも、戦争がどういう方向で進んでどういう終息になったとしても、いろんなところから非難を浴びることになると思います。


北部特別警戒地域住民は、未だに補償金の問題が解決していないとかで、明後日ストライキをするらしいですが。
私の村もギリギリ特別警戒地域なんですけれど、残念ながら、うちの村はストライキにはなりません。


首相も国防相も参謀総長も、職務の経験が浅く、それぞれの専門でなかったのは確かです。
けれども、北部住民が轟音と無差別ロケットの恐怖で眠れず、また、親戚や友人を訪ねて不自由な避難生活をしていたのと同じように、彼らだってこの国を守るために、眠るヒマもくつろぐヒマもない、凄まじい1ヶ月を過ごしたはずです。

爆音も振動もなかった都心部で、何の心配もない楽しい夏を過ごした人達が、後になって、「あいつがこうだった」「こいつがああだった」と非難するっていうのは、どうなんでしょう。


彼らはロケット砲が落ちてくる恐怖の中にいたわけじゃない。

キリヤットシュモナ。ロケット砲と対ロケット砲の抗戦。2006年8月10日。撮影:Heshbonit


ロケット砲が落ちてきて、住んでいるすぐ裏の山が焼かれることもない。

ゴラン高原炎上。2006年8月9日。撮影:Heshbonit


住民総出で消火活動をしたわけじゃない。

ゴラン高原消火活動中。2006年8月9日。撮影:Heshbonit

そんな人達に、どうだったこうだったと言わせたり、またそれを聞いた世界の記者が「そうだそうだ」と書き立てる意味がどこにあるのでしょう。

未熟だったのは、本人達が1番良く知っているはず。

そりゃ小学生ではないのだから、「僕達は僕達なりに頑張りました」というのは何の評価にもならないけれど。


とは言っても、どの戦争の後にも、首相や国防相らが辞任していますから、その職に就き続けるのは、期間とタイミングの問題だとは思いますが。
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2007年03月07日

すごい王様

たった今、CNNで、アブドッラー・ヨルダン国王がコメ議会で演説をしていた。

すごい人だ、とただ思った。
イSラム国の国王でありながら、ここまで自由に理想を語れる人はいないだろう。

現在45歳。フセイン前国王が亡くなられたのが1999年。
西にイスラエル(パLスTナ)、東がイラQにサUジ、北がシRア。
ヨルダンにはこれといった産業もなく、原油埋蔵もない。周辺国に情勢に影響されやすい、いわば脆弱性も持ち合わせている。

そんな国の王様が、コメリカでここまで真剣に完璧なまでの理想論のスピーチをするだけの力がある、ということに、ただただ敬服した。
(しかも完全な演説でメモをちらっと見る程度。すごかった)。


中東平和は、理想です。大ロマンです。

中に入り込んでいる外人の私が言うんだから、生まれ育った人にしたら、本当に理想そのものです。ましてや、国王として常に自国の安定と他国との協調を保たねばならない彼にしたら、それこそ生易しいものではないでしょう。

でもその理想をこれだけ声高にいえる人がいるでしょうか。
しかも、渦中にある一国の国王という立場で。
posted by Heshbonit at 18:30| 真面目なたわごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月20日

現実の風

[今日の天気:晴れ]

いつものように出勤。先輩部員が出勤してきて、放置プレイしたままだったプリンターに怒っています。
実は原因が分かっていたので、わざと思い出さないようにしていたのです。
プリンターは私のPCがホストになって起動します。先輩部員にもプリンターがあるのですが、彼女はときどきなぜか私のこのプリンターに切り替えてプリントします。
その時、以前使っていたプリンターのアイコンをクリックしてしまうとそこで「化け」が生じて、現行のプリンターが狂ったようにムチャクチャなものをプリントするのです。そう、原因は先輩部員。

ま、「あなたのせいです」とは言いたくないですから、システム管理会社のメンテが来て「誰かが古いプリンターでコマンドしてしまったから、新しいプリンターがおかしくなる」というのを説明してくれれば、それで十分。
システム管理会社に来てもらって、プリンターを直してもらいました。


さて。
今日の午後、買物に行った時のこと。
以前あったスーパーが潰れてしまい、ずーっと空き家状態だったのですが、最近別のスーパーがそこに入りました。野菜も新鮮だし、チェーン店だから価格も手頃なので、最近はこちらばかり利用しています。

あれこれワゴンに入れて、パン売り場に差し掛かった時、小さなワゴンでスフガニヤを売る店員をふと見て驚きました。
ロシア系の疲れたオバサン・・・。いえ、オバサンと言っては失礼です。確か彼女は私と同じくらいのはず。
語学学校に行っていた時の同じクラスの女性でした。

彼女とは1度も話したことがないけれど、物理学のPh.Dを持っていて、かなり優秀な人だと周りの人が言っていたはずだった。美人でスタイルもよく言葉もものすごく出来た。
あれから5年以上経って、彼女がスーパーのスフガニヤ売り・・・。
化粧も全くせず、金髪を三角巾の中に押し込んで・・・。

彼女を見ないようにパン売り場に行って、彼女に背を向けるようにこそこそとパンを選んでその場を離れた。
恐らく彼女は気が付いたと思う。この地域に住む日本人女性は私だけだし、会話したことがないと言っても、同じ小さな教室で勉強したのですから。


かなりショックだった。
非常に厳しい現実を見せ付けられた。そんな感じ。

運はどこにあるか分からない。
語学学校を終えてから、彼女が何をしていたのか知らない。
でも、彼女にとっては不本意な仕事を繰り返してきたとしか思えない。


片や、物理学のPh.Dを持つ、金髪美人のロシア系が、スフガニヤ売り。
片や、ロクな学歴のない、超ブサイクなガイジンが、村役場の経理。


もちろん、私だって初めから経理屋ってわけじゃない。
この村に来てからというもの、どう考えても女がする仕事ではない肉体労働をし続けた。今でもその職場に在籍しているため、いつ仕事を頼まれるか分からないから足元は安全靴で経理部出勤。今日の午後だってボスに呼ばれて30分ほどその仕事を手伝っている。そんな状態。

そうやって日に焼けながらも生傷を作りながらも爪割りながらも仕事をして村の信頼を得て、いろんなことが重なって、経理部に入ったのが今から1年9ヶ月前。
気楽に仕事をしているようでも、重圧と重責で、実はいっぱいいっぱい。
ブログでは書かないけれど、風当たりだって相当なもの。

それでも、田舎の小さな村という環境と、周囲のたくさんの親切に支えられて、1人で塞ぎこむようなこともなく、毎日を送っている。


特にロシア系の場合、とにかく大量に移民が来たことと、その移民のレベルが全体的に高いことから、自分の得意分野で働ける人は本当に稀だと聞く。
純粋なユダヤ系でない人もかなりいるということもさることながら、ロシア系移民の女性には、お金稼ぎのために安易に売春に走る人や、母子家庭手当ほしさに書類上離婚するロシア系夫婦なども少なからずいるため、ロシア系と聞くだけで毛嫌いする人もかなりいるのが現状である。


ヘブライ語で、イスラエルに移民(帰還)することを、「アリヤ」という。
「アリヤ」とは、「上がること」。

語学学校に行っていた時、あるロシア系男性が私にこう言った。

「君はこの国に来た。そして帰るところがある。
 私達は移民なんだ。ここに上がってきてしまったんだ。
 上がったらもう降りるところはない。落ちるわけにはいかないんだ」


小さなワゴンでスフガニヤを売る彼女も、もう降りるところはない。


ならば私は帰るところがあるのだろうか。
もちろん、帰るところはある。しかしそんなつもりで毎日を送ってはいない。
この年になって、「やっぱり日本。いや、やっぱりイスラエル。どっちにしよう・・・」なんてフラフラできるものではないのだから。


現実の風は厳しい。強烈に厳しい。
    
posted by Heshbonit at 19:00| 真面目なたわごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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