2009年06月05日

赤とんぼ

2ヶ月前のこと。

知り合いから、「日本人と話をしたいという人がいるんだか、会ってやってくれないか?」と言われた。面倒だから断りたかったのだが、お世話になっている人なだけに断りきれず、引き受けた。

村から車で30分ほどの別の村に住む、ヤコブ(72)とハナ(77)の夫婦。
ハナは具合がよくないため、村の中の老人介護施設にいる。昼間はハナの体調がよければヤコブが家に連れて戻り、夜はまた施設で過ごす。
老夫婦の家と聞くと余計に腰が重いのだが、一度会えば気が済むだろうし、知人の顔を立てないと、という気持ちで向かった。

村らしい、小ぢんまりとした家だった。
ヤコブ1人で住んでいるワリには整頓が行き届いている。掃除はバイトにやってもらっているそうだが、棚や机の上などの整理整頓は家主の感覚の問題だ。
壁の額縁に飾られているのは、どちらかの両親の若い頃の写真と、近年撮ったらしき孫達の写真だけだった。

65歳以上のアシュケナジー系(東欧出身)と話をするのは難しい。
絶対にこちらから切り出してはいけない。
建国前のイスラエルで生まれている人ならば自分から当時の話をしてくるが、そうでないとしたら、間違いなく悲惨な目に遭っている。

「私達はポラニ(ポーランド出身)だからね、少しでも額縁が曲がっていたりするのが気に入らないんだよ」

生い立ちの自己紹介は、それで終わった。


私は一通りの自己紹介をし、聞かれたことには全て答えた。
初めに「私はヘブライ語が下手だから、聞き取れなかったら遠慮なく言ってほしい」と断ったが、2人ともうんうんと喜んで聞いてくれた。

元々、夫婦は、ずっと沿岸地域の街で生活していた。しかし、ハナの具合が悪くなったため、彼らの娘が結婚して住んでいるこの村の施設に入所することにし、ヤコブは家を借りているのだ、と。
仕事の都合で、日本で2年ほど生活したことがあるという。
どこに住んで何の仕事をしていたのかは、聞かなかった。
それが本当でも、そうでなくても、「貿易」といわれることが分かっている。

ヤコブは72歳とは思えないほど若々しい。
ハナは病気とはいうものの、身の回りをキレイにしている。
今さら気が付いたが、ハナの左手には真珠の指輪があった。
右半身が動かない彼女の指に嵌めたのは、ヤコブだろう。

「その真珠、日本で?」 ・・・聞くべきかどうか迷ったが。
「そう。きれいでしょう。母の名が真珠だったのよ。だから、日本で真珠を買いたいとずっと思っていて、大きな店で買ったの」
「マルガリータ?」 ・・・人の母の名を不用意に口にしたことを恥じた。
「あら、よく知っているのね。母の名はマルガリータなのよ。でもポーランドでは発音が違うのだけれどね」

こうして、言い過ぎることを後悔しながら、己の語彙の貧しさを憾みながら、会話が進んだ。ハナも病気のため思うように話せず、時折、ヤコブが助け舟を出す。傍から聞いていて、会話として成立していたかどうか分からない。
横に座っているヤコブがまどろみ、ハナが疲れたようなため息をつく。
明らかに退屈しているようだ。
お暇したほうがいいのではないだろうか。というより、帰りたい。


「お願いがあるんだけれど、日本の歌を探しているの」
「歌?」
「イスラエルでも有名な曲なのよ。でも最近では全く聞かなくなって、どんなリズムだったかもぜんぜん覚えていないのだけれど」
「歌詞は知っていますか?」
「曲しか知らないけれど、はっきり覚えていないの。でも、私が日本にいた時、時々回ってくるトラックが流していたし、日本人なら子どもの時に誰でも習う曲だそうよ」

頭の中で、私の家の周りを回っていた物売りトラックを思い出した。

♪私は真っ赤なリンゴです〜 ・・・いやいや、これじゃないだろう。
♪ドレミ〜レドドレミレドレ〜 ・・・学校で習わないって。
♪さ〜く〜ら〜さ〜く〜ら〜 ・・・って有名だけどトラックで流さない。

「短調のメロディーでゆっくりした曲なんだよ」

うつらうつらしていたヤコブが起きて会話に加わったが、短調と言われても、音楽が壊滅的に苦手な私には、メジャーだろうがマイナーだろうが、曲のイメージがさっぱり分からない。

・・・あ。


♪夕焼け小焼けの赤とんぼ 負われて見たのはいつの日か

「それだわ!」「それだよ!」

♪山の畑の桑の実を お籠に摘んだはまぼろしか

「何の歌か教えてくれる?」

口頭よりも書いた方が早い。
携帯していた辞書で「とんぼ」を調べたら、あとはフィーリング。

「この曲は、百年ほど前に作られた歌です」

あと、何を覚えているだろう。
夕焼け小焼けって、寅さんにあったはず。舞台はどこだったか。
寅次郎夕焼け小焼け・・・、そうだ、播磨だ、播磨。
あの時のマドンナは、いや、マドンナは関係ない。

「神戸という港の近くで生まれた作詞家が、子供の頃を回想した詩です」
「え、神戸? 神戸って言った?」「私達は神戸にも、住んでたのよ!」
「えーと、あなた達が住んでいた神戸から離れていますが(・・・ほぼ岡山県なんですが)、日本の中で大体の位置を分かりやすく言えば神戸の近く、です。
 私もよくは覚えていませんが、この作詞家は裕福な家で育ち、田舎からの出稼ぎの女中に遊び相手になってもらっていました。その彼女も15歳で嫁いでしまって...」
「15歳か」

何か、引っかかる年齢らしい。
これ以上、歌の背景なんていうムダな話は止めておこう。

1時間半経ったら、彼らの娘が来ることになっていた。
相当疲れさせたかもしれないと、彼女に詫びて、帰ってきた。
帰宅してすぐに赤とんぼの譜面をネットで探し、印刷して送った。


家に帰ってから、思った。
外国人が、知らないまま覚えた外国のメロディーの本当の歌詞を知った時、曲に対して抱いていたイメージと、歌詞とのギャップをどう思うだろうか。
赤とんぼの詩、聞かれるがままに教えてよかったのだろうか。
...教えない方がよかったのではないだろうか。


***---***---***---***---***---***


今日の昼少し前、ハナの訃報を聞いた。

なぜ彼女が、日本人を呼んで「赤とんぼ」を聴きたかったか、聞かなかった。

少なくとも、辛酸を嘗め尽くした生涯の最期に、どうしても思い出したい歌だったのだとしたら、それはささやかながらも穏やかで幸せな時代に聴いたはずだ。
   
posted by Heshbonit at 21:00| 日本⇔イスラエル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月20日

に、忍者?

いつも午前10時前後、役場の郵便物や配布物を村の事務所(徒歩4分)に持っていくのが私の当番になっている。

今日も10時少し前、トコトコ歩いて事務所に行こうとすると、どこからか「ドモアラガトゴザマセタ!」と意味不明な言葉が聞こえてきた。
振り向くと、薄汚れたTシャツを着ているイスラエル人。
Tシャツには忍者の絵がプリントされている(...色褪せて汚いこと)。
何だコイツは、と見なかったことにして歩き出したら、ついて来た。

男:「僕はアメリカで10年、忍術を勉強したんだ」
私:「...? 忍術?」
男:「僕は@@@なんだ」
私:「・・・は?」
男:「「@@@、って知らない? 忍術の階級」
私:「(...忍者に階級ってあるのか?)...あなたは誰?」
男:「この村にグループで泊まりに来たんだ。朝、君が歩いているを見て、それで宿泊施設の受付の人に聞いたら、ここに日本人の女がいるっていうから」

奴ら、余計なことを言いやがって。
以下、男の勝手な発言。相槌は「へ〜、ほ〜」と適当に打ってました。
(色の部分は心のつぶやきです。言葉には発していません)。

「忍術はすごいんだ。全ての日本の武道が含まれている。だから、忍術で@@@の僕は、柔道も空手も太極拳もテコンドも全てマスターした師範の位なんだ。それに中国拳法も少し勉強した。今、イスラエルで僕は忍術を教えている」
・・・忍者って一撃で相手を倒しておしまいじゃないの?
・・・それに太極拳テコンド中国拳法、日本武道じゃないし。

「日本はいいよなー。俺は沖縄だけ行ったことがある。あそこは素晴らしい。そこで結婚式を見たんだ。美しい花嫁が特別な儀式をしていた」
・・・沖縄? 東京でも大阪でもなく沖縄だけに行ったの?

「日本はいい国だ。なんと言っても、男の威厳が保たれている」
・・・そして、『男の背中を女が流すんだ』と思っているに違いない。

「日本の女はいい。おしとやかだし静かだし」
・・・そりゃ、ま、イスラエル人の女に比べたら。

「日本の女は貞操が堅い。日本の女は男の言うことに絶対従う」
・・・え、いつの時代?

その男による『黄金の国ジパング』の夢物語。私のイライラは最高潮。

と、ここでぴったり、村の事務所に到着。
そしてさらに運良く、以前働いていた職場のボスの後釜担当者になった男性が、「Heshbonit!」と向こうから呼んでいる。(旧職場は事務所と同じ建物内)

男:「君、Heshbonitっていうのか。僕は・・・」
私:「そう、そしてあの人、私の夫。バ〜イ!」 (注:もちろん違います)


「バッカじゃない? 忍術って、何が忍術だか知ってるの? 忍者の歴史は? 歴史における忍者の存在価値は? 言えないでしょ。
 さっきから英語とヘブ語ゴチャゴチャで、アメリカに10年いたって絶対ウソでしょ? 沖縄もウソだね。大体さぁ、そんなにダブダブに太った忍者、使いモノになんないって。壁にもなれないし天井抜けるし忍び足も出来ないだろ。忍術どころかずーっと運動してないのバレバレだよ。 
 それにしてもアンタ、臭っっい。シャワーのお湯が出なかった? 私の鼻、アンタの口臭と体臭のせいで壊れそうなんですけど。忍術教える前に歯ブラシとデオドラント買いなよ。その階段を下りた左側にコンビニがあるから」

・・・って、機関銃の引き金を引かなかったのは、武士の情け。
っていうより、真面目に会話するに値しなかったから。
そしてなによりも、ソイツの体から発する臭さに耐えていたから。

そんなに日本人と話したいなら、日本行って露天商でもしたら?
ま、その顔と体型と体臭では、相当レベルを落としても厳しいでしょうけど。
               
posted by Heshbonit at 19:00| 日本⇔イスラエル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月20日

黄色の...

今日のイ国の某新聞サイトの「観光」ってとこに、「日本の地球の歩き方シリーズ・イスラエル編、100以上あるシリーズの中での販売部数・第2位」という、もう絶対ヤラセかガセかウソかデッチアゲかカンチガイだろう、っていうニュースが出ていました。

いやもちろん、本当だったらすごいですよ。
でもどう考えても、シリーズの中で2番目に人気があるなんて絶対に有り得ないです。嘘でないのなら確実に何かの間違いです。
たとえば、都内のある書店の旅行ガイドブック週間ランクでたまたまたまたま販売部数が2位だった、とかそんなじゃないでしょうか。

地球の歩き方って、その昔は旅行する人必携でした。
行く前は、どの写真もどの記事も新鮮で有益な情報に見えて、「わ、ここ行きたい!」とか、「へー、気をつけよう!」ってワクワクしたりするんですけど、現地に着くと「ぜんぜん違うじゃん...」っていうのが多い。
以前住んでいた国は観光客もパッカーも多い国でしたが、「歩き方」に騙されて迷子状態になっている日本人に会うことがよくありました。
けれども、これだけネットで情報が手に入る時代、それほど売れるものじゃないでしょ。ある程度は情報をプリントして、PC持って行って現地で日本のサイトに繋いで、ってことも出来るし。

さて。
観光省の発表によると、昨年1年間、東アジア地域からのイスラエル入国者数(旅行者)13万5千人。そのうち日本人のイスラエル入国数は1万5千人。少ないようですが、前年に比べたら36%アップ。
トップは、勧告で3万7500人。地動くは1万3千人。
でも今年はどうでしょ。不況で減るのかどうなのか。ま、この国に限って言えば、いつ何が起きるか分からないですから。

でもね、よほどイスラエルに興味関心があるか知り合いがいるか長期滞在が目的でもなければ、来る必要性がない国です。観光名所はチョボチョボ、美味いものはない、買物の魅力もない、有名な民芸品もない。その上、ホテルは高いし、物価は高いし...。
時間があり余っていて無駄遣いをしたいっていう人がいたとしてもまず勧めません。元添乗員・元現地旅行者勤務の私が言うんだから間違いない。

今年は、世界的な不況のせいで、過越し祭(Pass over)期間(4月7日夕刻〜15日)のアメリカ系ユダヤ人の予約が激減しているそうです。
例年なら相当数の予約があるんですが、「今後の経済状態がどうなるか分からない」という現状からか、財布の紐が緩くなるどころか紐をグルグルに縛ってさらに鍵をかけているらしい。

今年5月、ローマ法王のイ国訪問が予定されており、その時期には世界から5万人近い観光客が来るだろう、といわれています。
少しは観光促進の足しになるでしょうか。

ゴラン高原はただ今、菜の花満開です。(食べられません)。

 
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2008年10月17日

イスラエル人のイメージ

昨日、サラレのところに行って、リフレクソロジーを受けながら話していたんですが、その時、「イスラエル人のイメージは?」っていう話になりまして。

イスラエルっていう国のイメージは、以前書いたけれど、戦争しているとか軍関係とか宗教とか、そういう漠然としたものってあると思うんですよね。
これが「ユダヤ人」ならば、写真がある限りではアンネ・フランクだとかアインシュタインだとか、ハリウッドで活躍するユダヤ系俳優らが浮かんできます。
さてそれでは、「イスラエル人」ってなんでしょう。

私がイスラエルに来る前、イスラエル人に会ったのは2回だけ。

1度は成田のターンテーブルでバゲージが出てくるのを待っていた時。
ちょうど別便で帰国してきた先輩添乗員が隣りのテーブルにいて、「お疲れ様です」「どこに行ってた?」と話をしていると、旅行会社のバッジをしているからか、外国人が唐突に超至近距離に来て、いきなり馴れ馴れしく話しかけてきてました。
なんだコイツ、と思ったら、一緒にいた添乗員が適当にあしらいました。
(空港係員ではないし、自分の客ではないから質問には答えません。添乗員って冷たいのよ。特に帰国直後の成田では疲れきっていますから)。
すると、
「あれ、イスラエル人だね」
「え、何で分かるんですか?」
「留学していた時にクラスにイスラエル人がいて、その人のイントネーションと同じだし、距離を置かずにいきなり馴れ馴れしく話してくるのもそっくりだった」
へー、そうなんだ。
その時は、イスラエル人が日本で何をするんだろうって思いましたが、今考えてみたら、露天商でもやりに来たんでしょうか。

さて。それから暫くして、添乗でエジプトに。
ピラミッドの近くのツアー専用レストランにて、近くのテーブルのツアーの一団が、すごい大きな声を上げてワーワー話している。言葉はアラビア語みたいだけれど、エジプト人が話すアラビア語に比べたら柔らかい。それに皆、見た目が欧州っぽくかなりラフな格好で、女性がタンクトップにショートパンツだったり。
一体どこのアラブ系だろう・・・と思っていたら、やはりお客様も同じように感じたらしく、私に、「あの人達、どの国の人なんでしょうね?」と。
そこで私が現地ガイドに、「彼らもアラビア語?」と聞くと、
「ノー。イスラエリ」 
ちょっとムっとした感じで言うから、これ以上聞くのはよくないなと思ってそれ以上はやめましたが、とにかくうるさかった。今考えてみたら、あの団は、私の村の人達みたいな農協ツアーだったんだろうな。

しかし、私がTVで見るイスラエルはといえば、黒づくめの服を着て、もみ上げがクルクルしていた。後で分かったのは、そういう人達はイ国全体の数パーセントなんですが、TVだと特色のある面白いところを撮りますから。
黒づくめの超宗教者さん達は、イスラエル国内のどの町にもいるわけではなく、限られた地域にまとまって住んでいるため、私の今の生活環境では、そういう方達とは無縁ですが、たまに山の上(そういう人達が多い町)で黒づくめさん達と遭遇すると、かなりビビってこちらから自動的に避けてます。
その一方、「ハイレグはイスラエル発祥」なんていう話も聞くし、成田で見た大きなバッグパックを背負った馴れ馴れしい男にしても、エジプトで出会った超うるさいツアーグループにしても、一体、イスラエル人って何なんだろう?ってずっと思っていました。

さて。
2年前の今頃、日本に一時帰国して、神戸のホテルに泊まった時、朝食を終えて部屋に戻るためにエレベーターを待ってたら、同じように食事を終えた外国人2人が来ました。
そのうちの片方をひと目見て、「こいつイスラエル人だ」って分かったんです。

何で分かるか?って言われても、分かるんですよ。
よく、イスラエル人はカッコイイとか美人だとかいいますが、あれはどうなんだろうっていえば、単に、「ハーフがすごく多い」ってことなんですよね。
「知っているタイプとはちょっと感じの違う顔」ってのは、実はぜんぜん大したことないはずなのに、カッコよくor美人or可愛く見えるものなんです。たとえば、「日本人と中国韓国以外の外国人」の国際結婚カップルの間に生まれた人は、どことなくカッコよくor可愛く見えるのと同じ。
最近の芸能界でも、ハーフタレントやクォータータレントが急増していますよね。じゃあ本当に美人なのか?って言ったら疑問な人が多いでしょ。
犬だって血統書付きは文句なしに可愛いけど、雑種は雑種で味があってそれなりによかったりします。そういう感じです。

遥か昔から辿ってもユダヤ人っていうのは中東だから、目鼻立ちがくっきりして唇が厚い。それが各国の特徴と上手く混ざり「エキゾチック度」が高くなる。
それでも、ハーフやクォーターが多いというだけならアメリカやイギリスでも同じじゃないか、って思うでしょう?
イスラエル人は年齢を問わず、男はやたらと無精ひげで、女は肌の露出度が異常に高く、男女とも妙なセックスアピールをムンムン振りまくんです。それから服装に無頓着で年相応というものを考えない人が圧倒的に多い。ここがポイント。
単純に言えば、イスラエル人≒見たことのない無国籍風。

しかし、それらにも勝る、決定打。
高級とは言えないけれど、とりあえず三宮駅からすぐ近くのそれなりのホテルの朝食レストランに、ホテル備品の室内用スリッパ履いて、パジャマ代わりに着ていたと思われるシワだらけのTシャツ着て、ヒゲも剃らずに平気で朝ごはん食べに来られるのは、世界中探してもイスラエル人だけだ!

その後、エレベーター内で聞いた2人の英語の発音と話し方で確定。
もう片方の人は、ホテルスリッパでもシワシャツでも無精ひげでもなく、発音・話し方とも完璧な英国人でした。私の目に狂いはなかった。

ちなみに、イスラエル人の英語は、一語一語をハッキリ話すから日本人の耳には非常に聞き取りやすいのですが、命令形がやたらと多く、間違えても全く気にせず最後まで強気です。また、単語が見つからない時の接続に、「エー」と言います。
アラブ人かどうか分からなかったら発音ですね。アラブ語圏の人は「P」の音が苦手で「B」になります。(但し、ペルシャ語はPの音があるのでイラン人の可能性はまだ残っています)。

つまり、どことも判読付かない顔つきで、セックスアピールを撒き散らしながらいきなり超至近距離にベッタリ来て、非常に聞き取りやすい英語を話したら、それはイスラエル人。

というわけで、そんなイスラエル人に会ったことはありますか?
   
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2008年07月19日

テレアポ

休日。

先週、朝早起きしてナザレまで運転手なんかしたおかげで(昼過ぎには帰ってきたくせに)、先週1週間、なんだかどうもスッキリしない状態でした。
年取ったなぁ・・・。
その昔は添乗員だったから休みが不定期だったし、夜行泊まりやって帰ってきた翌日にまた夜行やって帰ってきてすぐにまた宿泊やって・・・みたいのも、日帰り山登り週5回とかなんでもなかったし、OLになってからも土日がヒマだから、クレジット会社の土日派遣とかやったり、もうぜんぜん平気だったのに。ってあれから10年近く経つんだから当たり前か・・・。
ここまでダーダラな毎日なのに、休日にいつもどおりの時間に起きただけで1週間気が乗らないって、お年以外の何モノでもないですね。

だからって昼過ぎまで寝るわけじゃなく、7時半には目覚めたんですけど(ああ、これもきっとお年なんだろう・・・)、目覚まし時計や携帯アラームで起きなくていいっていうのが大事。
午前中は庭を掃除したりして、久しぶりに動きました。

えーと。
他の国ではどうか分かりませんが(たぶんあるらしい)、在留邦人の緊急連絡網なるものがあるんですよね。この国に来てすぐは結構頻繁だったんですけど、ネットの普及のおかげなのか姿を消したのですが、最近また復活させるそうです。
各地域毎に班長が設定されていて、大使館の連絡を受けたら全員に電話する、という役目。数日前、「試験的に連絡網の人に連絡を取って下さい」という通知が、班長さんに来たそうです。

この地域の班長、私じゃありません。X氏です。
ところがX氏、「女の人が多いから、Heshさんやって下さい」と。
知らない日本人の男が電話をしてきたということに、イスラエル人のご主人が不審に思って取り次いでもらえないとか、何かと気まずいんだそうだ。
「Yさんには私がしておきますから」って、Y氏なら私もこないだ会ったし、ぜんぜん問題なく電話できるんですけど。

私、初対面ではぜんぜん人見知りしません。
高校までは、学内で有数のイジメ対象寸前な沈み切った存在で、数える程度の人(しかも共学なのに全員女子)としか会話しませんでした。が、専門学校に入った初日から人格が完全に変わって、それ以降、人見知りというものをしたことがありません。
もうぜんぜん平気。相手が日本語を話す20歳以上の生粋の日本人であれば、性別も立場も関係なく、平気で会話が出来ます。(子供はパス)。

しかし、会ったこともない人に電話するのは、大っっっ嫌いなんですよ。

人見知りをしないっていうのは、相手の顔色を見ながら会話するからです。
相手がニコニコしていたらそのペースで話すし、相手がつまんなさそうになったら会話を変えるし、もうそういうのはいくらでも出来る。
それこそ、相手と状況次第では、瞬速100kmのスピードで「酔っ払いレベルのハイテンション♪」まで一気にGO。もちろんノンアルコールで。
しかし、全く面識のない人にこちらから電話をかけるなんて、本当に本当に本当に苦手なんです。テレアポのバイト、1度だけどうしてもと頼まれて断りきれずにしたことがありますが、自発的にしたことがありません。

第一、「大使館の緊急連絡網なんですが・・・」って言っても、全ての人が、電話を受けて普通に会話してくれるかっていったらそうじゃない。
そりゃそうだよね。今のご時世で、「全く面識のない名前を聞いたこともない日本人のオバサンが、ある日いきなり電話してきても不審感を抱くな」・・・っていうことにすっごい無理があるんだけどさ。

それに連絡網リストって言っても、個人情報保護規制が理由だろうけれど、名前と電話番号だけしか書かれていないから(人によっては携帯番号だけ)、どこに住んでいるのかも何も分からない。これが都心部ならまだしも、北部だと広い範囲に人がバラバラ住んでいるみたいなもので、どこだか検討も付かない。
つまり、名前から推測できる性別が分かるだけで、相手がどの年代でどういう状況でどこに住んでいて何年住んでいるか、全てアンタッチャブル。
日本語ってのは多機能な言語だから、相手に応じて使う言葉だって変わるわけだし、なんかいろんなこと考えちゃうんですよ。

って文句ダラダラですが、しましたよ。仕方ないじゃん。
土曜日ならばいるかなぁ、と思いつつ、電話のボタン押す手が震えました。
それでも何か言いました。滑舌悪いけど、敬語なんてずっと話してないからさ。

ところが電話を受けた側にしたら、「知らないオバサンがいきなり架けてきた。なんなの?」ってな。
「誰?  ヘ? ヘシュ、さん?? はぁぁ??(だから何・・・?)」
みんな、テンションめちゃめちゃ低い。
するとこっちは、「この人は、生まれつき声が低いのか、今たまたま機嫌が悪いのか、それとも常にローテンションなのか、私のことが嫌いなのか...。でも、そこまで不機嫌ってのも私には理解できないけど...」
話しながら、その人の顔色が気になって気になってしょうがなくて、電話切った後も、「迷惑だったんだろうな」と沈むのよ。アルミ缶並みにぺこぺこに凹むわけさ。
これはおそらく、生まれてから18歳までの間、どこに行っても沈み切っていた三つ子の魂を、ずーっと引きずっているんだと思います。

それでも「明るく簡潔に事務的に要件だけを伝えよう」と努めた。が。

今、「ブッキラボウだったかも・・・」と落ち込んでいます。
あと4人...、気が重い。


◎備忘記録:昨日、5ヶ月ぶりに髪を切りました。今回はかなり切った。
最早、超長髪を保てる年齢ではないんですよね。
35歳が髪の曲がり角って感じで、特にここ最近、一気に髪質が悪くなって、直毛も保ってない感じになり、我ながら非常に痛々しい状態で。
だからってこれ以外の髪型にも出来ないので、まずは背中の真ん中ラインにしました。嗚呼、年は取りたくない・・・。


◎今日のバンバン
もう若くないさ・・・。
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2008年07月01日

かわいいひと

出勤。

今日はお偉いさんがたくさん来る、村の都市ガスシステムの監査。
この日のためにボスは今年1月から強烈にハードな日々を過ごしていまして、6月は最後の追い込みで凄いことになっていたんですが、ようやく終わりました。
ホントにお偉いさんがたくさん・・・。こんなに大変な監査だったんだ、とそっちにもびっくりしました。
というわけで、今日は事業部長もボスも脱力しきっていたため、仕事の件は、明日にでも話し合いがあるようです。


さて。
夕方、仕事を終えて家に帰る前、集合ポストを見たら小包が入っていた。
実家から? 何も頼んでないけど、となんとも不安な気持ちで開けた。
毎月、実家の母に機関誌を送ってもらっていまして、確かにそれも入っていたんですが、メインはそれじゃない・・・。

3週間前に実家に電話した時、「うどんの作り方を教えて」といわれた。
私はパスタマシーンを使うし、作り方っていっても、ただ適当に混ぜているだけで、教えるほどのことはないんですが、なんかそんなことを適当に話した。
聞けば、近所の人に「農家の人が自分で挽いた無添加のすごくいい小麦粉」を大量にもらったそうで、うどんを作ってみたいと思ったらしい。

今回、送ってきたのは、その小麦粉。
わざわざ国際郵便で・・・。

・・・。

実家の母には、ほとんど物を頼まない。
高い送料で親に負担を掛けたくないっていうこともあるし、なんていうんだろ、勝手にこっちにいるんだから、「ないならない」と割り切ることにしている。
「手に入らない日本食を親に送ってもらう」っていうのをクセにしたくない。
何よりも、それが切れたときが一番虚しい。もうあれが送られてこないのかと失望することがイヤなのだ。

そこに送られてきた小麦粉・・・。
おいしい無添加の小麦粉を食べさせたいと思う親心なのは分かる。
その気持ちはすごーく嬉しい。泣くほど嬉しい。

だが、国際郵便でジップロック入りの白い粉はすごいぞ。(爆)
私も何事かと思ったくらいだ。税関で開けられなくてよかった。
そういうのを平気で送るってこと自体、マジすごい。

あ、大丈夫です。気持ち吐露はここだけの話。
明朝「届いたよ」と電話する時にはこんなことは一切言いません。
危険回避するために、たまには軽いものを頼んだほうがいいのかもしれない。


今日はまさにこんな気持ち
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2008年06月11日

謝罪の国の人だから

出勤。

会計士が来る日。
私は昨日の某部門からのデータのムチャクチャさに、切れていた。
昨日は先輩部員に、「某部門からこんな状態で来て、ここまでは何とかあわせたけれど・・・、それからこれも不明で・・・」と相談し、「明日来たら返さないと無理。こんな不完全なデータでは処理できないし、後日、経理部が勝手に処理したと言われても困る。明日は会計士が来るから問題提議をしよう」と話をしていた。

という昨日の今日・・・。今日も某部門の女性がデータを持ってきた。相変わらずムチャクチャで受け取れるものではなかった。
私は、ごく穏やかに間違いを指摘していたつもりだったが、私が1分も話さないうちに、担当女性は部屋を飛び出した。

先輩部員の席でファイルを探していた会計士は一部始終を聞いていた。私から会計士に経緯を説明。私の言い方におかしな点はないことは彼女は分かっていた。ちなみに先輩部員は会議で不在だった。
「部門の責任者を呼んで話をしないと・・・」
と会計士が言うと同時に、その責任者が駆け込んできた。

 「帰ってくるなり泣き喚いて、手が付けられない。一体なにが・・・」

その後、話し合い。

・・・年下のガイジンにアレコレ指摘されて、プライドに触ったのかもしれないけど、プライドがあるならあんなムチャクチャなデータ持ってくるなっつの。私だったら恥ずかしくて「私にはこの仕事は出来ません」といって仕事を辞める。
データを付き返したのはこれが初めてだ。実はこれまでも毎日問題だったが、ずっとガマンしてきた。昨日のは酷すぎる。仕事が出来ないにも程がある。
出来ないなら出来ないと言え。分からないなら「ここまでやったが分からない」と言え。何がどうおかしいのか合わない数字を紙に書いておけ。こっちは経理屋だ、どこがどう合わないのか意地でも探してやる。
何よりも腹が立ったのは、何も調べずに丸投げ状態で持ってきたこと。そして責任を他の人のせいにすること。自分の仕事をなんだと思っている? 印刷ボタンを押すだけなら小学生でも出来る。云々云々。

・・・はっきり言いました。本人にではなく、会計士と責任者に。
借りてきた猫、実はトラだった?とポカンとする2人。

中略。

午後、会計士を交えて、その担当女性と話し合い。今後どういうデータをどう持ってくればいいのか?を説明しましょう、と。

開口一番、担当女性が言った。
「Heshbonitのせいで私は傷ついた。私に謝れ」

ほぅ? 「謝るのはいいけれど、理由を言ってほしい」
彼女がなにやら言い出した。また興奮してきて泣き出して意味不明になってきた。ま、結局は、年下の平面顔の黄色いガイジンに指摘されるのがイヤだったみたいだ。うわめんどくせぇ。
私は、それを会計士に聞いてほしくて説明させただけ。そこで・・・、

私:「それは申し訳ありません」

会計士も担当女性も、唖然。
担当女性が何か言いかけた。一言終わった時点で、私は追い打つ。
私:「あなたに謝ります。傷つけてごめんなさい」

たぶんバトルでもしたかったんだろうけど、会計士はこれでチャンスってことで、「じゃ、Heshbonitも謝ったことだし・・・」と会話を続け、なんとか事態収拾。

担当女性が帰った後、私は会計士に非を詫びた。
朝からこんな下らないことで、週に1度しか来ない彼女の時間を大幅に潰している。本来ならば自分たちで処理しなければならないことなのに・・・。

すると、
「本当にどうもありがとう。どうなるかと思ったら、謝る必要が全くないHeshbonitが彼女に謝ったから驚いた。彼女も唖然としていたけど。本当に良かった」

日本人だから謝るのよ、自分に非がなくても。負けるが勝ち。それが日本人なの。とにかく謝る。別に心の中でバーカって思っても、謝って済めば話が早い。
ちょうど昨日の新聞電子版に、「日本人はNOと言わない」っていうタイトルのコラムがあり、少し遅れて戻ってきた先輩部員が後で一部始終を知り、「あの記事そのままね」と。
その後、先輩部員が会計士にその記事をプリントして渡したら、「これ、彼女が読んだら、余計にイライラするんじゃない?」

あ、結局しょうがないからムチャクチャなデータ、なんとかしましたけど。いつまで経っても現金勘定が合わないんじゃどうしようもないから。

という日でした。ブログがあってよかった、と思った。
  
posted by Heshbonit at 20:00| Comment(16) | 日本⇔イスラエル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月25日

危険な笑顔:MDMA

日本の皆さんへ、注意。

エクスタシー(MDMA)。毒入り危険。飲んだら死ぬで
スマイリー・エクスタシー

日本を出発したイスラエル人が、ベングリオン空港に到着したところで見つかり、押収されました。
単なるドラッグなら、「またかよ」って程度ですが、今回はそうじゃない。

この事件に関与しているエクスタシー(合成麻薬・MDMA)はニセモノで、相当量の農薬(どうやら枯葉剤)が入っているそうです。

「別の世界に行ける」というより、あの世に逝って還ってこられなくなる。
そりゃ、片道で逝ければいいけど、死にきれずに中途半端に生還したら、一生大変です。本人よりも親兄弟がたまったもんじゃないでしょう。なんたって枯葉剤ですから。

日本で報道されていないようですが、イスラエル人がオランダで入手してタイや日本に流したらしく、こちらのニュースでは、「日本でも既に3人死亡した」と報道されています。

販売ルートに携わったイスラエル人は、オランダ→タイ→日本というルートで、それぞれの国に滞在している小売業者に卸してからイスラエルに戻ってきて、ベングリオン空港で御用となりました。

・・・が、イスラエルの空港警察が押収しただけでも5万錠だそうだから、果たしてオランダでどれだけ買って、日本にどれだけ卸したのか、計り知れません。
日本のほうが人口は多いし、なんたって金持ちが多いから高く売れますから、その何倍もが日本に入って流通しまくっているんじゃないでしょうか。

というわけで。

薬は、駅付近に怪しげな屋台を並べる露天商(バスタ)の不法滞在のイスラエル人や、レイブ会場などではなく、薬剤師のいる処方箋薬局でお求め下さい。   
              
posted by Heshbonit at 16:00| 日本⇔イスラエル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月11日

新年会に行って来ました

マダムの命令どおり、在イスラエル大使公邸での新年会に行ってきました。

昨年の新年会は都合で欠席し、年末の天皇誕生日祝賀会も行かなかったので、たまには行きたいなぁ・・・と思っておりまして。
しかしながら、同行してくれるX氏が、仕事が非常に忙しいからムリかも、ということだったのですけれど、なんとか都合がついたと。わーい。

朝からネイルを塗りなおし、久々に化粧。最後に化粧したのは、2006年12月に大使公邸に行った時。日々すっぴんだし(眉は描きますけど)、化粧して変わるような顔ではないから、やってもやらなくても同じなんですが、ノーメイクってわけにはいきません。
しかしながら・・・。ファンデが乗らないわ、チーク割れてるわ、アイラインを引き間違えた上にマスカラがヒジキになっちゃって洗いなおして始めからやり直すわ、アイシャドーの付け方忘れてるわ、口紅塗るにもガサガサだよ〜てな。
スーツ着てストッキング履いてパンプス履いて・・・、よくも日本にいたとき、こんなもの毎日着ていたよなと我ながら感心しました。

新年会は、12時開場で、12時30分から開始予定。
そこで、9時30分に出発。
田舎だから・・・、じゃなくて。

今日は、コメリカ大統領がイスラエル北部の教会を訪問する関係上、11時から道路封鎖されるため、早く出ざるを得なかったのです。
道路には既に10メートル間隔で警官が立っていて、いたるところにパトカーやら国境警備隊のジープが止まっている。すごい厳戒態勢。
当然ながら、大統領は専用ヘリで移動するものの、その近辺には人っ子1人通させない、と。あーあー、もう・・・。
時間つぶしに途中のドライブインでコーヒー休憩。

12時15分、公邸到着。
エントランスで大使ご夫妻にご挨拶。
12時30分過ぎに、イスラエルの女声合唱団によるコーラス。こういう催し物を入れるのは初の試みだそうで、日本の歌も歌ってくれたりして楽しめました。
その後は、ガーデンパーティー形式で、ひたすら食に徹する、と。
今年はお料理が豊富で、なかなかよかったです。
日本の皆さん、すみません。税金を一銭も払っていない私が・・・。

結局、大使と領事と大使館勤務の方に挨拶をしただけで、あとはX氏とひたすら会話していて、それ以外の誰とも会話もせずに終了。
日本人と一部イスラエル人で、200人くらいいたのかな。

折角行って、他の誰とも会話しないのはとても残念なのですが、皆さんそれぞれグループが出来ているため、いくら私が厚かましいって言っても、唐突に人をつかまえて話をするわけにもいきません。
 ・・・3人ほど、トイレで目が合ったから会釈したけど完全無視されたし。

大都会テルアビブで華やかな毎日を送る見目麗しい皆さんにとって、いくら「異業種交流」って言っても、田舎の百姓と会話する利点はありません。
あ、百姓は私。X氏は本当にスゴイ人ですので、同列には並べません。

そんな田舎者の私には、雰囲気を楽しめただけでも十分満足です。
書かないけど、笑えることもすごくたくさんあったし。
もちろん、お腹いっぱいになりました。
天気もよく、北部と違ってポカポカ陽気。とってもいい休暇でした。
でも来年以降は行かないでいいかな。行く利点も何もないし。ガソリン代がかかるだけで休暇を取っていくほどじゃない。
・・・っていうか、百姓が行く場所じゃないや。


◎今日の夕飯
お腹いっぱいなので、パス。
  
posted by Heshbonit at 19:00| 日本⇔イスラエル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月07日

ガス乾燥機上陸

出勤。

今日も朝からシステムエラー。
そしてまた、使えないメンテが送り込まれる。なんとか復活したものの、どうせまた明日もエラーだろうな、ということが容易に想像できます。

9時頃から、同じシステム会社のメンテが来て、私のPCに別の部署とを繋ぐオンラインシステムをインストールした。
「インストールしてくれた」とは書きたくない。私は頼んでいないから。
会計士と先輩部員と某部署の人が勝手に決めて、システム会社の開発部門が勝手に作って、「さぁ、作ってやったぞ、使え」と。

思ったとおり、問題山積み。
開発のオッサンも、「そんなの聞いてない」の連発。
そりゃそうでしょ。そのシステムを使う私の意見、誰か聞きました?
結局、かなりを作り直し。ご苦労さん。
イスラエルじゃ、こんなのが当たり前。最早ビックリもしない。誰もが、「神様の次に偉いのは、オレ様」って思ってるから。だから何にも進歩がないんです。


そんなイスラエルに、リンナイのガス乾燥機が入ってきました。
私の村と契約しているガス会社が、リンナイのイ国販売権を取ったとかで、今日の夕方、仕事絡みの用でガス会社の支店に行ったら、パンフレットをくれました。
し、しかし・・・。

「こんなアホみたいなパンフレットで、ガス乾燥機の何を理解しろっつーの?」

と、床に叩きつけたくなるほど、何の役に立たないパンフレット。
ま、毎度のことだから、しょうがないんです。「偉いオレ様」が作ったパンフレットだから、他の人の意見を取り入れる、とか一切ないから。
イ国の企業のサイト、どれも異常に重いし、役に立たない。
家に帰ってから、パンフレットに載っていたHPアドレスを見て、リンナイ・イスラエルのサイトを開いたけれど、そんな私の期待を全く裏切ることなく、腹が立つほど意味がないサイト。

結局、日本のリンナイのサイトで見て、ようやく概要が分かりました。

・・・でも、どうだろうなぁ。
たとえ、パンフやサイトが素晴らしかったとしても、今年はガス代がメチャメチャ上がってるし、日本と違って、ほとんどの家庭ではLPガスが主流(将来は天然ガスを入れる話も出ているけれど、いつのことやら・・・)。
それだけに、どこまで乾燥機部門のシェアに入り込めるか、非常に疑問です。ガス乾燥機そのもの価格も、電気の乾燥機の倍近くするみたいだし(電気の乾燥機は4万円程度で買える)。

あと、ガス業界に足を突っ込んでいる身から言わせていただくと、ここ数年、一般家庭におけるガスに関する法律がどんどん厳しくなって、家庭内にガス栓を1つ増やすだけでも、従来のように簡単には出来なくなっています。
つまり、電気の乾燥機ならばコンセントに繋ぐだけだけれど、ガスとなるとそうはいかないし、引っ越したらまた同じように、ガス栓・設置場所の工事やら、ガス会社によるガス器具使用許可・・・などを取らなければならないんです。

それになんと言っても、この国で乾燥機を使うのは冬場の4ヶ月だけなんですよ。地中海気候で、雨は冬しか降らないんだから。
外に干すと埃っぽくなるからと年中乾燥機を使う人も稀にはいるけれど、大半の家庭が「洗濯機はあっても乾燥機はない」という状況で、冬場は天気を見ながら洗濯をしています。乾かなかったらコインランドリーもある。日本だってそうですよね。

それだけに、なぜいきなりガス乾燥機に目をつけたのか、分かりません。


そうそう。
その帰りに、スーパーに行った時のこと。
レジにタイ人と思われる男性2人(外国人労働者)が並んでいた。
名実ともに、すっかりオバサンになった私は、昔のように、外国人労働者にジロジロ見られることなんて、サッパリなくなりました。
だがしかし、2人連れの片方の左耳に、どう見ても、「それはお姉さんかお母さんのですよね?」っていうような、光る石が嵌っている大きめのピアスがキラキラと輝いているのを発見!
思わず、ジロジロ見てしまった。でもどこからどう見ても男だった。

なんだろ。本人の趣味か、バツゲームなのか・・・。
posted by Heshbonit at 20:00| 日本⇔イスラエル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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