2008年04月25日

バスツアーに行こう・・・つづき

それでは過去を振り返ってみます。

事例1:老人
これは仕方ないです。週末ツアーだと家族連れや夫婦も多いですが、平日ツアーの場合は、どうしても定年後で時間がある人が多くなる。
「バスツアー=(中)高年ツアー」と言っても過言ではない。
健脚老人は、海外ツアーにも元気に来るでしょう。
でも、P病の方や、要介護に近い方が来るのはバスツアーくらいです。
これが大変。さすがに車椅子に乗って来る方はいませんが、でもホテルに到着してから、ホテルの貸し出し車椅子を借りたことがあります。

たとえば、長野の温泉ツアーで「温泉に入る猿を見る」というのが行程に入っていた時。何をどうしたか、普通に募集したツアーなのですが、歩くのにすっごい時間がかかるお年寄りが圧倒だったことがありました。
あそこね、バスを降りてから猿温泉まで、結構な距離を歩くんです。
猿が温泉に入るくらいだから冬。道の両脇には雪が積もっているし、霙っぽい雨も降ってくるし、足元グチャグチャ。「今日の客層で猿温泉はムリじゃないの?」って思ったけど、よほどの理由がなければ、キャンセルできません。
バス車内で、「すごく歩きますからね」と念を押し、確か数名は残ったんですが、大半が来ました。ま、そりゃ見たいでしょう。行程に入っているんですから。
でも、苦労してかなりの距離を歩いて到着した所で見るのは、「温泉に入る猿」ですからね。で、また苦労して歩いてバスに戻る、と。

事例2:老人その2
この猿温泉の時、私を気に入ってくれたお客様が、ある地元の会に所属しているそうで、別の温泉ツアーを丸ごと貸しきり、私を指名してきました。
ある日、「heshさん、貸切の指名が入ったから、来月X日の2泊3日、必ずよろしく」と上司に言われました。指名を受けると、ちょっと嬉しいんですよ。

「X寿会」
もう、「寿」が入っている時点で、それが何か想像が付きますね。ま、初めから全員が老人と分かっているだけに、ラクなんです。心構えが違うから。
私が懇意にしているバス会社のドライバーさんとガイドさんを指名してもらい、これは楽しかった記憶があります。(ただし、私に指名された2人は「なんでお前、老人会ツアーに俺たちを!」と怒ってましたが・・・)。
ま、バスドライバーもガイドさんも、添乗員なんかよりもよっぽど慣れていますから。考えてみたら、彼らの仕事の方が大変ですよ。

事例3:要介護
何度かありました。身体の要介護の方と、精神的な方・・・。
いくら家族が付き添っているとは言っても、事前申告なしはキツイ・・・。
事前に言ったら断られると思われたのかもしれませんが、
私はともかく、乗り合わせたほかのお客様も大変でした・・・。

事例4:オバチャングループガチンコ
まず普通、オバチャングループ4人でもちょっと心構えが必要なんですけど、オバチャン8人組が2つ重なったことがありました。
それ以外のお客様が全員普通の夫婦とか友達同士だったりするんですが、まぁその16人がうるさいことうるさいこと。強烈です。
あ、そういえば、「女性6人組」が高校の同級生だったことがありました。
高校時代は、非常に存在感の薄い地味すぎる生徒だったので、豹変ぶりに驚かれまして。ま、昔を知られているだけに、こっちもかなりやりにくかったです。

事例5:社員旅行でツアー利用
これがまたすごいんだ。
20人以下の小規模の会社が、慰安旅行でツアーに申し込んでくるの。
全国規模の中堅旅行会社とはいえ、支店主催の地元発着バスだから、地元地域の小さな事務所や商店との共存も必要ということなのでしょうか。
幹事にしてもラクですよね。添乗員が全部やってくれるんだから。
20人以上だと、「中型バスでツアー貸切扱い」にするけれど、20人以下だと上でも書いたけれど、「残りの人数は一般参加のお客様」になります。

夜は別の宴会場を頼んでいるからともかく、行きのバスから大騒ぎ。幹事には予め、「バス内では控えて」とは言っているんですが、聞きゃしないですよ。
募集ツアーのバス車内はカラオケ宴会をしないことになっているけど、御一行はすっかり出来上がっちゃってるから。放っておくと、勝手に歌い始めかねない。

こういう時、添乗員ができることは?
「その中に入り込む」
ヨッパライに触られようがなんだろうが、私本人がコンパニオンになってしまい、ツアーをジャマしないように、あまり騒がないようにコントロールする。
もちろん後で、他のお客様には平謝りです。大体分かってもらえますけどね。「添乗員さんって、本当に大変な仕事なのね」と。

---***---***---***---***---***---***---


超大手を辞めて、中堅会社に戻ってからは、他の添乗員が嫌がるハイキング・トレッキングツアーや長距離の夜行バス(どちらもバスガイドなし)ばかりを好き好んでやっていたので、他の人に比べたらそういったトラブルは少なかったのではないかとは思うけど、でもまぁ、ホントにいろんなことがありました。(・・・っていうか、そういうのがイヤで、宴会などの恐れがない山岳や夜行バスばかりを選んでいたんですが)。

でも、地元の旅行会社だから何にしてもラクだし(成田発着じゃないですから)、顔見知りになる人も多く、今考えれば楽しい記憶ばかりです。

過去を振り返って、「あの時こうしていれば・・・」と思うことが沢山ある。
「推薦で銀行に入っていれば」とか「会計事務所を辞めなければ」とは思うものの、「でもやっぱり、添乗員はやってよかった」と思うのです。

願わくばいつか、「イ国に来てよかった」と思えるようになりたい。
posted by Heshbonit at 18:00| ノスタルジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。