2007年12月24日

ふたつのベツレヘム

イスラエルは、イエス・キリストが生きた国ではありますが、当時も今もユダヤ人が大半ですから、クリスマスとは無縁。アラブ系キリスト教徒やロシア移民(ユダヤ人と偽って入ってきた人達)、また最近では外国カブレでクリスマスごっこをする若い世代もいますが、町を歩いていても、クリスマスっぽさは一切ありません。

ついでに言えば、クリスマストリコロール(赤・緑・白)は、アラブ諸国の国旗の色に似ているため、イスラエル人(ユダヤ人)には非常に敬遠されます。
私自身もキリスト教徒じゃないし、元々、クリスマスには何の思い入れも思い出もないし、今日も明日も、ノホホンとした普通の平日。

そんな無関係な私にも、日本の親戚からプレゼントが届きました。
「クリスマスに付くように」と送ってくれた、と。カレー&ハヤシライスのルーに、乾物etcに、レッサーパンダのぬいぐるみ。わーい!!


じゃ、ちょっとクリスマスにちなんだ話でも。

イエスが生まれたのは、エルサレムから南に8Kmのベツレヘム(ヘブ語:ベイト・レヘム)という町。
イエスの母・マリアは、生まれ育ったイスラエル北部のナザレで懐妊し、臨月の時、戸籍登録のために遠いベツレヘムまで夫のヨセフと歩いて行って、その途上で産んだ、というのが通説。なんでも、ヨセフかマリアのどちらかがベツレヘム出身で、戸籍登録は生まれた市区町村でなければ認められなかったからだとか何とか。
ナザレ〜ベツレヘム間はおよそ140kmくらい。徒歩。大変ですね。

生まれたのはベツレヘムの馬小屋、というのは間違いで、単なる洞穴、せいぜい日乾レンガを積んだ程度の小屋だっただろう、っていうのが現代における正しい考古学的解釈。少なくとも馬がいるわけがない。
当時、馬というのは非常に貴重な乗物で、主に支配者が乗る軍事馬(チャリオットを牽く馬)が主流だったから、一般人の民家や宿屋に馬がいるわけがない。

さて、イスラエルには、もうひとつ、「ベツレヘム」という地名があります。
ナザレから約9kmの町、「Bethlehem of the galilee(ヘブ語:ベイトレヘム・ハガリリット)」

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実は、「このガリリー(ガリラヤ)のベツレヘムこそが、イエスが生まれた本当のベツレヘムじゃないのか?」という説があります。

現在のように、町や市などの行政区画整理がきちんとされていたわけではないし、必ずしも現在のナザレの規模が当時のナザレと完全に同じであるとは断定できない。
つまり、ナザレから9km離れたガリラヤのベツレヘムも「ナザレの一部」と見なされていて、そこでヨセフとマリアが暮らしていて産んだ、と考えた方が自然ではないか、と。

普通で考えても、わざわざ身重で戸籍登録には行かない。産んでから皆で行く方が自然で、その途上で生まれるということ自体があまりにも不自然なのです。
昔の出産は命懸けです。しかも初産。ユダヤ人が出産を疎かにするわけがありません。家族親戚が全員で「生まれてから行け」と止めたでしょうし、もし行くとしたら若いヨセフとマリアだけではなく、出産経験のある親戚の伯母さんなどが同行していたはずでしょう。
それこそ、どちらかがエルサレムに近いベツレヘム出身だとしたら、なぜ100km以上も離れたナザレに住んでいたのか? 当時は今と違ってそんなに簡単に引越しできるものではないのに。
これがナザレから9kmのベツレヘムなら、理屈が合います。
「ガリラヤのベツレヘム」にも、当時の集落跡やシナゴーク址もあるし、ローマ時代の教会址などがあり、この仮説を全く否定することはできません。

また、「ベツレヘム(ベイトレヘム)」という地名も、ヘブ語では「パンの家」という意味で、特別な名前とは言えない。
その昔、ギリシャやローマが統治する前のイスラエルは、地方豪族がそれぞれの土地を王国として統治しており、エルサレムがある地域が「ユダ王国」、ナザレがある地域は「ゼブルン王国」でした。そう、国が違ったのだから、同じ名前の町があってもおかしくありません。
日本でも、『横浜』といえば神奈川の横浜ですが、青森県にも『横浜町』という地名がある。『川崎』なんていったら、かなりの県に同音同字の町名が存在します。
士師記に登場するイブツァンという士師(イスラエルを治める指導者的存在)も、このゼブルン王国ベツレヘム出身だと解釈されており、歴史的に脚光を浴びたことのない無名な土地というわけでもないのです。
ちなみに、「ベイト」がつく地名は他にもあり、特別な意味がある場所に付ける名でもなんでもありません。


ではなぜそんなに、エルサレムとベツレヘムにこだわるのか?
旧約聖書には、【イスラエルを救う救世主は、ダビデの血統を引く者で、ユダ王国に出現する】と書かれています。
ユダ王国の首都はエルサレム。
ダビデは紀元前10世紀の古代イスラエル王国の2代目王で、エルサレム近郊のベツレヘム生まれ。イエスが生まれる1000年ほど前の人です。

つまり、聖書に書かれている預言によれば、【救世主は、エルサレムを首都としたユダ王国生まれ】であることが絶対条件であり、歴史的背景からしても、【英雄ダビデ王の出身地であるベツレヘム生まれであることが非常に望ましい】のです。

では、ナザレ近郊ベツレヘムから歴史的物証が出たら、歴史が変わるんですか?

それはまず、絶対にならない。バチカンが認めない。世界がひっくり返る。

「イエスが生まれたのは、旧ユダ王国のベツレヘムではなく、旧ゼブルン王国のナザレの近くのベツレヘムだったんですよ」ということが分かったら、大変です。

「え? それならイエスは、救世主じゃな...?」

この仮説を立てたのが、イスラエルの考古学者が発端であるため、「イエスが救世主ではないと言うためのコジツケだ」とされて、キリスト教側には、あまりイイ顔をされないようですが。
ま、ちょっと「そういう説もあるんだ」ってな話として。 

ナザレは現在、アラブ系クリスチャン(多くがカソリック)とイスラム教徒が混在する旧ナザレと、そこから少し離れた新興開発のナツァレット・イリット(ユダヤ系居住地)があります。
こんな古くからの病院もあり、なかなか楽しい街です。 
  
           
posted by Heshbonit at 20:00| イ国情緒 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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