2007年12月23日

ソロゴリ

子供の時、何の習い事をしていましたか?

私、小学校1年の時に習字を始め、小学校3年で珠算を始めました。
習字は小6まで、珠算は小5まで続けました。

が、どちらもホントに大っ嫌いだった。
習い始めのキッカケは、自分の意思じゃなく、親が「読み書きソロバンはやっておいたほうがいい」ということでやらされただけだったし。

文字を書くのは嫌いじゃない。硬筆は、上手い部類じゃないけれど、人前で書くのが恥ずかしいっていうほどではなく、そこそこ人並みっていうレベルだった。
あ、今はもうダメ。ヘブ語はともかく、日本語は全然書けないです。

でも、習字っていうのは、文字ってよか、「芸術」のエリアでしょ。
筆運びっていうの、あれが出来ない。頭の中では文字のイメージがあっても、筆になると出来ない。いくらやっても、思うようには描けないのです。
習字教室は近所の公団住宅の一室で、まぁ、遊びに行っていたようなもの。今考えると、先生は私のことを、もてあましていたような気がします。母には「行っている」ということにして、1ヶ月サボったりもしました。

珠算は・・・。
近所の神社の中にある、強烈にスパルタな珠算塾。
出来ない生徒に対する体罰なんて当たり前で、8時頃まで残されたりもする。、今の常識では考えられないような塾。

ソロゴリってのは、いくつかあった体罰の1つ。

「頭を、ソロバンでゴリっと擦る」

痛いよ〜。髪の毛がソロバンに絡まるし。

それでも通った。最終的には三級を終えて、準二級でストップ。
ってか、もうそれ以上やりたくなくて。
体罰を受けるのがイヤだったわけじゃない。体罰に関しては、そんなもんだと思っていた。親は、「殴られないように練習しなさい」っていう考えだったし。
あ、誤解のないように。Mっ気は全くないです。どっちか選べって言われたら、何の迷いもなく鞭を取ります。(一体、何の話ですか?)
そうじゃなく(笑)、珠算が自分に合っていないことが苦痛だったから。
暗算だって、最早きれいに忘れてしまった。二桁ですら怪しい。

その後、計算実務っていう検定は、専門学校で1級まで取りました(電卓使用)。
計算は嫌いじゃないんです。電卓は左右どちらでも鬼の速さ。
つまりただ単に、「珠算」というツールがイヤだったんです。

その後、中学に入ってから、米軍ベースの近くにある英会話教室に通ったりもしましたが、まぁ、こっちは完全に遊びでしたね。何の糧にもなってない。


今日、簿記教室でも、「なんで外国人がこんなところで簿記を・・・」って聞かれました。くどくどと説明するまでもありません。

「私にはそれしかできないから」

簿記をやるようになったのは、前にも書きましたが、高校時代に思いつきで。
でも結局、これが一番合っているみたい。
ってかもう、頭の中が、すべてのものを「借方・貸方」で理解をする構造になってしまった私が、簿記を離れることは不可能なのです。

どういう分野にも言えると思うんですが、自分の中でモノを理解するための「基本的な何か」が確立されると、全てそれで考えるんじゃないだろうか。
例えば、芸術的センスがある人だと一般事務をしてもその感覚が反映されるし、理系の人は物事を理論的に組み立てて考えるし、接客サービスで鍛えた人はどこに行っても気配りが上手...、というような。
つまり、この私から経理を抜いたら、何も残らない。
それすなわち、「考えるな」って言うようなもの。

ただし、簿記の試験っていうのは、経理実務とはこれまた全く別なんですけれど、パズルを解くようなものです。こうして通っているのは、私にとっては、「言語」というよりも「暗号」でしかないヘブ語で、簿記というパズルを解く方法を習う、ってな気持ち。
そう、習い事感覚。資格取得の勉強!っていう気持ちは非常に薄い。

懐かしいな、珠算塾。
先生は引退しただろうけど、まだ神社でやってるんだろうか。
posted by Heshbonit at 23:00| ノスタルジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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