2007年05月03日

ゴラン周遊

今日は午前中は仕事をし、午後は初の試みであるニセガイドをして参りました。

こちらのブログに時々来て下さるいつはくさんは、日本でイスラエルに関連する仕事をしていらっしゃいます。
「GWにツアーグループのお客様に同行し、高原方面にも行く予定です」
・・・と連絡があったのは、今から2週間ほど前。
当初は、「時間があったら、トイレ休憩がてらでも、うちの村に寄って下さい」ということで話を進めていましたが、限られたツアーの日程で寄り道をする時間も厳しく、わざわざ小さな貧乏農場に来ていただくメリットは何もないため、
「私、その日の午後、バスジャックします!」ということになりました。

なんと、10年ぶりのツアー同行。

お客様は10名様ほど。アットホームで和気藹々とした雰囲気の中、拍手で迎えられたのは、可憐なバスガイドではなく、くたびれた田舎のオバサン。
それがしかも、マイクを握ってご案内するのは10年ぶり。
ったく、どこまで厚かましい・・・。ってか、どういう神経しているのでしょう。

昨日は、「アフリカ大陸から熱風が吹き、湖畔は38度。高原でも35度近くまで気温が上がるでしょう」というムチャクチャな天気予報が大幅に外れ、朝からどんよりと曇って時折雨がぱらつくという異常な天気。
午前中仕事しながらも、天気が気になり、山がきれいに見えるか不安でした。


お客様が湖畔での昼食を終えて、ゴラン高原にバスで上って来た某所でバスに乗せてもらいまして、まずは国連ベースが見える処で小休止。

そこから、車窓から見える山々を眺め(辛うじて山が見えました)、ドRーズ人が住む4ヶ村を通過し、古代ギリシャ神殿跡があるバニアスへ。

バニアス。外国人観光客でにぎわっていました


その後、カチューシャロケットが落ちたこちらを見て、

クファルギラディ。昨夏、イ軍兵士12人がロケット砲で殺害された場所です


その近くにある勇者の碑を見学。

右隅に小さく写っているのがいつはく氏


イスラエルを訪ねる日本人観光客は、宗教的な目的・関心で来られる方が多く、今回のツアーもとても和やかでリピーターの方もおられるようで、イスラエル周遊ツアーをのんびりと楽しんでいらっしゃるということが、バスに乗り込んだ瞬間に一目で分かりました。

しかーし。
私にとっては住み慣れた土地とはいえ、初ガイドです。それが10年ぶりとなると、我ながら、「一体、何をしゃべっているんだろう」とイヤになるほど、それはそれは悲惨なガイドっぷり。
現役当時は、噛みそうになった瞬間に言葉を切り替えたり、語尾を繋ぎながら、車窓から見えるものを題材にして話を膨らませたりと、そういうのが出来たはずなんですが。
申し訳ないながら、言い間違いは多いし、同じようなことを何度も何度も言うし、さらにバスの中で絶句して沈黙になることもしばしば・・・。
家に帰ってから、「アレも話せばよかった・コレも話せばよかった・こういう話も出来たはず・・・」と反省点も多く、ブランク10年をひしひしと感じました。

なによりも言葉遣いが悪く、非常に失礼だったと思います。
血の気が盛んだった現役当時、こんな酷い添乗員がいたら、「言葉遣いがなってない!」ときっと注意していただろうな(何度も書いていますが、敬語を話す機会がないために使っていませんので)。


とはいえ(自己弁護)、報酬を得るための仕事ではなく、あくまでも単なる飛び入りバスジャックでしたが、お客様がどう感じられたかはともかく(・・・え?)、たった2時間半という短い時間でも、私はメチャメチャ楽しかったです。
そのままバスに乗って、ずーっと一緒にツアーしたい気分になりました。

やっぱ、観光っていいなぁ・・・。

観光業からはすっかり足を洗い、未練なんて吹っ切れたつもりでしたが、今日はバスを降りて家に帰ってからも、強烈にノスタルジックな気分になってしまいました。


でも、これを生業にするとしたらあまりにも不定期すぎますし、何よりも、こんな北の端っこに住みながら、ガイド業は出来ません(その前に、観光ガイドの免許を取らないといけません)。
そう考えたら、村で経理屋をしながら、たまにバスジャックする程度で十分。

月1回でもこういうことがあれば、リフレッシュになっていいんですけど。
とはいえ、日本人ツアーがゴラン高原まで来るなんて、滅多にないですが。


業務連絡:いつはくさん、おつかれさまでした。
貴重な味噌やふりかけなど頂いたことですし。
また、いつでもお気軽にお声掛けください。
それまでに、滑舌をよくしておきますので(笑)。

  
posted by Heshbonit at 20:00| 日本⇔イスラエル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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