2007年02月21日

プロ意識

[今日の天気:晴れ]

脱走から帰還して、出勤。
それなりに仕事が溜まっていて、ほどよい疲れ。

先輩部員が、昨日ちょっと揉め事があったとかで、しばし拝聴。
大丈夫です。仕事がらみの揉め事ですから、ヘブ語拒否症にはなりません。


さて。
昨日ちょっと思ったこと。

ホームセンターで買物をし、精算する時のことです。
私は仕事での買物が多いためコーポレイトカードを持っていて、掛買いができます(イスラエル全土のホームセンターで有効)。私用の買物をする場合は、経理に、「この分は私用にチャージしてください」とメモを書いておきます。
(合計請求書の支払処理するのは私だけど、私用チャージは別の担当)。

さて、今日は私用の買物ですが、いつものようにコーポレイトカードを出した。
するとレジの姉さんが、「何これ? こんなの見たことがない。一体なんなの? 現金で買うの? いつもどうやっているのよ?」
なんか物言いがすごーく高圧的でカチンと来た私、「分かんなきゃ、サービスカウンターに聞くのがアンタの仕事でしょ」と言い返す。
すると顔見知りのマネージャーが通りかかって、「これはコーポレイトカードだから、こっちの伝票で・・」と説明を始める。そして私に「彼女は新人だから、まだわかんないんだよ」と。

レジではこういうこと、ホントにたくさんあります。
商品名が分からないと「これ、なに?」と私に聞く。
これが日本なら、「アンタが自分で調べて来い!」って言うところでしょう。


イKアでも、気に入ったサラダボールが残りの1つだったため、品出ししていた店員に、「これ、もう在庫はないの?」と聞いた。すると彼女、面倒くさそう声で、「なければないってことじゃないの?」
ないってことじゃないの?ってなんだよそれ? 
・・・って、日本だったら思うけど、在イが長くなると驚きもしない。


プロ意識っていうのか、責任感っていうか、仕事に対する意識とか、そういうのが全くないんですよね。
恐らく、そういうことを教えないんじゃないでしょうか。


イスラエルの軍が強いのは、結束力や団結力ではなく、個々に決断権を持たせているから、というのを聞いたことがあります。
上役の決断やら決裁を待つのではなく、現場主義でこうだと思ったことを実行させるから、と。
だったら実行した者に責任感があるのか?となると、ない。その時そう思ったからそうしただけ、ってな。後は知らない。その時に俺がそう思ったからこうした、と。

それぞれバラバラな個人主義のお国柄ですから、皆の結束やら団結に情熱を注ぐよりも、個々の能力をバンバン発揮させた方が早いわけですよ。
つまり皮肉な言い方をすれば、「スタンドプレーを認めている」ってこと。
しかしそれがプロ意識からのスタンドプレーなのかどうかは、分かりません。


2ヶ月ほど前に、私が住んでいるところからそれほど遠くない街の中学校で、女子中学生が殺害される事件がありました。
容疑者と思しき男を捕まえ、彼女の遺体に付着していたDNAや、殺害現場で採取したDNAと照合するも出てこない。コメリカまで送って調べても、一致しなかったそうで。

昨夜未明、とある事件があって、その現場が映っていたんですが、ちょっとビックリ、ってか呆れました。
捜査官、事件現場を捜査しているんだけれど、素手なんですよ。なんとタバコを吸っている人までいる。
NCISとかCSIシリーズとかばっかり見ている私にしたら、「おいおい、手袋しなくちゃダメだろうがっ!!」って、テレビに向かってツッコミました。

それで分かったんですよ。
「そっか、あの女子中学生殺害事件も、事件直後に学校関係者やら警官やらなんやらがドカドカドカドカ入り込んで、手袋もフットカバーもしないでベタベタ触りまくって、髪の毛やら吸殻をどんどん落として、遺留品鑑定したらいろんな人のDNAが出てきてワケが分からなかった、ってなことだろうな・・・」と、容易に想像できたのでした。


誰かのためとか、人のためなんて、考えないのがイ国民。
イチに自分、ニに自分、サンシも自分で、ゴも自分。


プロ意識と責任感。
ブログに来てくださる皆さんはもう十分お分かりでしょうけれど、とっても気が強い私は、人に指図されてから仕事をするのが大嫌いで、常に先回りをするタイプ。
それゆえに、「知らない」なんて平気で言い切る人が信じられない。
そして、コテコテの日本人ですから、ミスをするとすぐに謝ります。プロというプロじゃないけれど、責任を持って仕事をしているつもりですから。

すると、周りが言うのです。
「謝らなくていい」と。

私が中学生の時だったでしょうか。

「皿洗いが皿を割ってしまった。日本人はすぐに申し訳ありませんと謝る。欧州人は壊れやすい皿が悪いと皿のせいにする。そして中東人は、“この皿は今日割れる運命にあったんだ”という」

というのを読みまして、その時は、中東人っていうのは計り知れない・・・って思いましたが、今自分がその中東に住んでみると、まさにまさにそんななんだな、というのを痛感するばかりです。


割れる運命の皿も、自己責任。
割れにくいのを作ればよかった。製造元の責任だと。
   
posted by Heshbonit at 20:00| イ国情緒 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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