2007年01月30日

自らを由とする

[今日の天気:雨]

外の雨天とはウラハラに、経理部内は沸きまくっています。
アッチコッチから怒鳴り声が聞こえてくる。
本当にコレ、経理部でしょうか。
どうしてこんなにエキサイトできるんでしょう。
そんな中でも平然と仕事するガイジン職員。


さて。
一昨日、遥か大昔からの知人K氏からメールが来ました。

あれはバブルな時代を、それが泡ぶくだと思うこともなく、何の憂いも疑いもなく楽しんでいた頃。よく誘ってもらってあっちこっち連れて行ってくれた一つ年上の人。
それ以降は1度も会ってないけれど、ふとしたきっかけから連絡がつくようになり、それからは思いついた時に近況報告するようになりました。
(本人の了解を得て今日の記事を書いています)

有名大学難関学部を卒業して、誰もが憧れる業界の超有名企業に就職して、適齢期に結婚して子供もいて、重要な仕事を任せられるようになって、将来も有望。その上、外見も人が振り返るほどいい、と来ている。
万民が憧れるような素晴らしいエリートコースを着々と進んでいた。


「このたび退職して、別の道に進むことにしました」

え・・・?

てっきり、「一戸建てを買いました」とか、「管理職になりました」とか、そういうセレブパパモード全開な内容かと思いきや・・・。


しかし、そこまで行くのに、ものすごい決断だっただろう。

人生は人それぞれ、とはいえ、大多数の人が同じような人生を歩んでいる。
普通に大学に行って、普通に就職して、普通に恋愛して結婚して・・・。
どこかでコースを外れても、結局、どこかで型に納まる。
そういう普通の人生に憧れた。でも私には出来なかった。

なぜ出来なかったのか、自分でも考えることが頻繁にあります。

どこかで箍が外れたというより、元から箍なんてなかった。
いつもいつも、人とは違う行動をする。それが私。
だって、人と自分を比べてしまうから。
比べたら自分が情けなくなる。
なら、比較にならない場所にいればいい。
だから大学には進まず、一般の企業にも就職もせず。・・・恋愛云々は1人で出来るものじゃないからさておいて。

人と違う行動をして、自分を孤立させることで安心していた。

これを言ったら、K氏が言った。
「普通の人は、人と同じことをして安心するだろうに」
そうなんだけれど、それが出来ない。


そして今や、イスラエル。しかもすごい田舎。
正常な神経の人だったら逃げ出すような田舎。
一体、人生どうする気なんだろうと我ながら。
でも、いまさら帰るわけにも行かない。

イ国を選んだ時、「日本に帰って来い」と止めた人がどれだけいたか。
でも、自分が1番よく分かっている。

帰ったって、どうせ適合できない。


・・・さて。
私の話はさておき。問題はここから。


昔で言えば3高で眉目秀麗でエリートな彼は、こんな風来坊な生き方しかできない私に感化されたらしい。


Heshbonitみたいに自由に生きてみたい。やりたいことをやりたい。


・・・おいおい、お前さ、寝言は寝てる間に言えよ。
あ、失礼。いつも敬語でした。

あの、自由に、やりたいこと、って言っても・・・。
僭越ながら、そのポジションに居続けることを強くお勧めしたい・・・。
夢は夢です。叶える事ができない方が人生楽しいような気もします。


もちろん、私とは頭の出来も違うし、生まれ育ちも違うし、財力も違う。
別の道に進んでも、間違いなく成功するでしょう。
万が一、途中で引き返そうと思えば、簡単に引き返せるだろうし。
でも、難関を勝ち抜いて得たポジションを捨ててしまうのは、あまりにもあまりにもじゃないか、と思うんですが。

ごめんよ。奥さんとお子さん(会った事ないけど)。
別に、私がそそのかしたわけではないんだけど、
こんなとんでもない知り合いがいるばっかりに。



自らを由とする。
福澤諭吉が作った言葉だそうですね。
私の生き方も、いつか辻褄が合う日がくるのでしょうか。
全く自信がありませぬ・・・。
  
posted by Heshbonit at 17:00| ノスタルジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。