2010年02月27日

ショウほど素敵な商売はない

語りつくされているフィギュアの話。

なんかいろいろ読んで、ああこれはもうスポーツじゃなくて本当にショービジネスなんだなって思った。だから、あれをスポーツだと思っているほうが悪いのであって、あくまでもショー。

歌が大して上手くもなく顔も十人並みのアイドルがなぜか売れ出すのと同じで、もっともっと歌が上手くてもっともっと可愛いタレントはたくさんいるのに、「この子がトップスターだ!」というと、大衆は初めは「そうでもないだろ?」って思っても、刷り込むようにCMやら何やらを見ているうちに、「そうだあの子は歌が上手くて可愛い」と思うようになってしまう。

そして、本当に歌が上手くて可愛いアイドルと、普通の感覚だったらとてもじゃないが並べられないはずなのに比較させ、「Aに比べて、Kはセクシーだし完成している」だのなんだのと、訳が分からないケチを付け始める。
初めは「そうでもないよね?」「こんな人、売れるわけないだろ」と思っていた大衆も、繰り返されることで、「そうだそうだKがいい。Aはぜんぜんレベルが低い」となってくる。

一度そういう世界になってしまうともう戻れないだろ。それは日本の経済だったり芸能界だったりどこでもあるのと同じで、何も新しい話じゃない。
そうなると真剣にやっている人が可哀想だとなり、私も昨日まではそう思っていたけれど、逆に考えたらそれは、そのシステムを理解しない側が悪いってこと。

歌手になるために子供の頃から一生懸命レッスンに通って肌やスタイルを整えても、結局は事務所の力が大きくて裏の社会にも顔が利いて、ついでに、言われれば部長だ専務だ社長だ会長だと名乗るオヤジとでも平気でホイホイ寝れて、顔にいくらでもメスを入れられるくらいの度胸が据わった女の子じゃないと、トップアイドルにはなれない。

音程ムチャクチャな十代の歌手が売れる理由は何? 毎回代わり映えのしない歌しか出さないのにチャート上位に鎮座するのはなぜ? そして楽器も弾けなければ曲も作れないのにアーティストと名乗るのは? 
同じじゃん。日本人、大好きじゃん、そういうの。 
それとも、「この歌手、今、音を外した」「2オクターブもないのにオリコン1位だって」「AののほうがKより歌唱力があるのに」って、いちいち分析する人がいますか? 

もちろんそれが芸能界だけじゃないのは、皆、分かってるでしょ。
難関資格を持っていてTOEICやTOEFLのスコアがネイティブ並みの旧帝大生が就活で苦戦している傍らで、強いコネを持っている三流短大生がそれこそ面接なしでも就職できたりする。
「この人は凄いんです!」って言っても仕方ない。
スコアがどうしたルールがどうだ三回転半だスピンだスパイラルだと言っても、誰も見向きもしないのです。

そう考えたら、可哀想とは思えなくなってしまった。
やればやるほど、茶番だ。勝てば官軍、負ければ超一流の道化。
正直者がバカを見る、それだけのこと。どこにでもある話。

マスコミは元からその気質だから、話を理解するのが早い。
ただ、フィギュアスケートをスポーツだと思っている私達だけがヤキモキするだけで、それを憂いたプルシェンコなんかが出てきても、「いやはやキミは何を言いたいのかな?」と誰も相手にしない。
「だったら、同じくらいだけのお金を積んでくれないとね」って。
もうそういうシステムになったんだから。

人はお金が好き。そして強い人に弱い。それが悪でも何でも。
  
もちろん好きですからこれからも見るけれど、もはや、試合そのものの結果に以前のような感傷を抱くことはないと思う。それが新しい時代だといえば、そういうことなわけで、イヤならば、イヤだと思う人たちが新しい連盟でも何でも作ればいいわけでしょう。
ショー化したプロレスではなく、「本当の格闘技を」とかなんとか言って、K1だの何だのと作ったのと同じで。

でも大事なこと。
アマチュアフィギュアスケートをショービジネスに変え、スポンサーを山ほどつけて、アマチュアスポーツ選手をアイドルに仕立て上げたのは、どの国でもない、日本ですけど。
だから、それに関わる人達が目覚めた。「うちはお金になる木だったんだ」。
この世で、成金ほどお金のニオイに敏感で、タチの悪いものはない。止め処なく見境なく恥も外聞もなく。

発端は間違いなく、日本だった。
今さら、「これはスポーツだ」なんて、どの口が言うかな。
       
◎今日のナウシカ
 そうはいかないのが現実。
           
posted by Heshbonit at 22:00| ロシュ・カタン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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