2010年01月22日

63年目の恩返し

金曜日半日出勤。...のはずが。
村のサーバーになっているシステム管理会社のメンテナンスのため、休日。
昨夜から急激に冷えてきて、いつものように起きるつもりだったのが、寒くてベッドから出られず、あとちょっとあとちょっとで寝入っていたら、窓を叩く音。

クジャク君...。

クジャク君用のパンを切って提供。久しぶりの晴天だから溜まった洗濯をしようと思っていたんだった。朝8時30分。起こしてくれてありがとね。
しかしこのクジャク君、、いつもこんな風に、私が出勤した後に来て反応がなかったら、窓を突付いているんだろうか。

それはともかく。





空港近くのサッカー場を使っているそうだ。
  
こんなちっちゃい国がよくもまぁここまで...。

これにはちょっとした理由があります。
1947年11月、第二次世界大戦が終焉を迎えた2年後、世界はパレスチナを分割してユダヤ人国家を作ることを承認するか否かでもめていました。
1947年11月25日の時点で賛成国は30ヶ国。アメリカが他の国にも賛同を呼びかけました。参加57ヶ国の過半数をようやく超えるようでは、29日の本会議で寝返る可能性があるからです。
そのアメリカの説得に応じたのは、リベリア、フィリピン、そしてハイチ。
結果、賛成33ヶ国、反対13、棄権11で、分割案は承認されました。

もちろん、イスラエル軍の救援活動は昨日今日始まったことではありません。アルメニア地震の時は重症患者数十名をイスラエルに輸送して治療し、リハビリ・完治まで面倒みています。
それに、当時反対に投じた国に対してでも、こうした災害時の救出援助活動や医療活動をしています。トルコ地震の時もそうだし、イランの大地震の際にも、「国交問題は別にしても助けに行く」と申し出たことがありますから。
でもハイチに対しては、国としての思い入れの度合いが格別なわけです。

何にせよ、即行力・機動力・組織力を以ってしては、イスラエル軍の災害救援隊に勝る所はないでしょう。

とはいえ、それでもまだ、「イスラエルはパレスチナがなんたらかんたらだから、ハイチでの活動はプロパガンタで...」と日本のニュースでは報道しているようですが、なんでしょう、「イスラエル」と聞くと何でもかんでも悪くしか見えないわけでしょうか。
まるで、「日本」と聞くとワンワン吼える、海の犬畜生と同レベルで。
      
posted by Heshbonit at 23:00| イ国のニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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