2008年10月03日

父との思い出

よく母の話は書きますが、父の話を書いたことがないですね。

あんまり仲が良くないんです。
昔から、兄妹3人とも父とはほとんど仲良くない、というような状況で、一時帰国しても父とは全く会話もないです。
兄2人は昔からとても優秀でしっかりしていて、親孝行もしっかりしているんですが、残念ながらこの私がこんな残念な人生を送っていますから、兄妹の中でも失敗作の放浪ムスメとじゃ、口を利こうって気も起きないでしょう。
父との思い出っていうのは特にないです。

ふと思い出した父親との楽しい思い出。

13年位前、添乗員をしながら、小さな事務所で非常勤の経理をしていました。
事務所は自転車通勤でしたが、ある日の帰り、交通事故に遭いました。
私は遊歩道(歩行者&自転車)を走っていて、交差するように通っていた車道からきた車とぶつかった。交通事故って言っても、出会い頭にガンっていう程度。
向こうは一旦停止のラインで止まらなかったとはいえ、夕方で薄暗くなっていたから、どっちがどっちとも言えないけど、こういう場合は車の責任が重くなります。
こっちは倒れて、ヒザをぶつけて腕や脚を掠って、自転車がひん曲がったという程度で、救急車を呼ぶほどじゃない。
まぁ地元だし、その人の車ですぐ近くの病院(私が子供の頃からお世話になっている。家から徒歩5分)に行くことになりました。

さて、当時は携帯電話が稀少だったから、病院に着いてから家に電話して説明しました。電話に出たのは母だから、母が来るとばっかり思っておりました。
車の中でもレントゲンを待つ間も、オッサンの態度はメチャメチャでかく、示談にするとか何とか言って、警察にも電話しない。グダグダと、「お前が飛び出してきた」みたいなことばかり繰り返すてタバコプカプカ。
はじめは私も丁寧語で話をしていたけど、相手のふざけた態度にイライラしてきて地が出て、待合室でかなり派手な(堅気とは思えない)口ケンカに。

15分後。
病院の自動ドアが開いた。
ガラが悪いオッサンが入ってきたな、どこのオッサンだよ。
と思ったら、うちの父だった。

開口一番、父が言った。


「誰がやったのよ?」


キタ━━━(゚(゚∀(゚∀゚(☆∀☆)゚∀゚)∀゚)゚) ━━━!!!


私:「この人。示談にしたいんだってさ」
父:「ふーん、示談か。警察に電話してねぇのか」
男:「いやいやいやいや、警察に電話します、電話しますよ、今から」
私:「ウソじゃん。さっきからずーっと示談示談って大声で言ってたじゃん。そこらの人、皆に聞いてみようか?」
父:「おぅ、示談でいいよ、うちは」
男:「言ってません言ってません」
私:「一旦停止線で止まんなかったくせにさ、私が飛び出してきたとか、保険は使いたくないとかふざけたこと言ってんだよね。でも本人が示談にしたいって言うんだから、それで話、勧めていいんじゃないの?」

前にも書いたけど、うちの父、トラックの運転手(当時)。
仕事が終わって家に帰ってきてひと風呂浴びて晩酌しようとしたら、娘が車とぶつかって病院にいると聞き、駆けつけた次第。
その時のカッコは、半ズボンにペラペラシャツに雪駄履き。薄茶のサングラスで頭はボーズ頭。別にわざわざそういうカッコをしたのではなくこれが普段着。
オッサン、うちの父を見るなり吸っていたタバコを消し、打って変わってすっかり低姿勢。すぐに警察にも保険にも電話し、適切な処理となりました。
うちの父、全く普通の人です。
でもこの状況でこういうオッサンを前にして、「ええ、示談にしましょう」っていうツワモノはいないだろう。

話のポイントは示談云々じゃない。
1人娘が交通事故に遭って病院にいるって聞いたら、「どこをケガした?」って聞くだろうけど、いきなり、「誰がやったのよ?」はないだろうに。

そういうわけです。立派な兄2人は、鳶から鷹が生まれたってだけです。
私はちゃんと「蛙の子は蛙」として、小さい頃から親の夢を裏切りまくって育ちました。短気も仏頂面も協調性ゼロも、しっかり遺伝。

それから、イ国に来て運転免許を取りましたが、運転も父譲りです。

◎今日のしんちゃん
 
posted by Heshbonit at 20:00| ノスタルジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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