2008年09月20日

優秀な日本人の皆様

お気に入りブログで、「現代の若い人の話」がありました。
こういうワケの分からない人生を歩んでいる私が言うのはなんですが、最近の若い人は夢がなくて可哀想だな、って思います。
私自身は好き放題やって、その結果、取り返しの付かない人生になってしまった次第。
本当は途中で軌道修正して大気圏突入するはずが、軌道修正に失敗してしまったためにこうなったんです。今さら軌道修正の失敗をどうにも出来ず、宇宙漂流。

それでも、なんつーのかな、

『22歳で趣味が貯金、車も買わなければ海外旅行にも行かない』
・・・そういうのってどうなんだろう。

もちろん私の時にもたくさんいましたけど。でもちょっとは旅行に行こうとか趣味に使おうって、それもそれで自分のためのプラスになることだと思うんですよ。

池波正太郎の「男の系譜」という、昔の偉人に関してあれやこれやと語り下ろした本があり、その中に「綱吉」と「吉宗」という項があります。

元々将軍になれる可能性がめちゃめちゃ低かった綱吉は、子供の頃から学問ばかりで遊びもせず、ひたすら四書と易経の学習に時間を費やしました。
父が3代家光とはいえ側室の四男坊、質素で慎ましく勉強に打ち込む毎日。
さて、義兄の4代家綱が急逝し、他の兄弟も他界したために五代将軍に。
側近も殺されてうるさく言うヤツがいなくなった。そこで権力を一気に掌握することになり、歯止めが利かなくなった。
生まれて此の方贅沢をしたことがなく、ただただ勉強しかしてこなかった綱吉。そういう人が「何でも出来る」ってことに目覚めると、何をするにも止め処がない。
取り入る者を重用し、ジャマなものを退ける。下々の生活など我感知せずで好き放題。生類哀れみの令がその最たるものでしょう。おかげで江戸城下に無用の役人がうろうろすることになる。誰だってこのままじゃいけないのは分かるけど、頭のいい人だから始末が悪い、と。

その後、6代・7代将軍が短命で、8代に選ばれたのが紀州の吉宗。
これがまた、徳川御三家とはいっても側室の末っ子で夢にも将軍になるとは思っていないから、子供の頃から野原を駆け回り、農民町人と交わっていた。
元来、機転が利き、人付き合いもよい。紀伊藩主になってからは農民町民のために尽力し、それが徳川宗家の目に留まって、(ま、内部ゴタゴタの後)将軍に。
傾ききった徳川家の経済をどうにかすべく、享保の改革を推進。
徳川15代の中で、初代家康を除けば最も将軍らしく治世した将軍です。
っていわずと知れた暴れん坊将軍、長々と書く必要はないですね。

・・・だからなんだって言ってもね。

まぁね、昔々の偉人の話を持ち出して、「昔の人は偉かったよ。だから、おまえさんもね・・・」なんて偉そうな話をするつもりはない。
でも、なんていうのかな、やっぱり人間にはいろんな余裕って言うのが必要で、いろんな出会いやいろんな挫折やいろんな苦労やいろんな失敗を経験することが大事だと思うんです。

TVをつければ、世界の国々を訪ねる番組がある。それを見ていると、なんだか行ったつもりになれる。でも、旅行って「行ったつもり」じゃないんだよね。
ビザなしで多くの国に問題なく入れる日本人パスポートを持っているのに、なぜそれを使おうとしないのか! 50歳60歳になってお金に余裕が出てきて行くのと、20代で行くのとはぜんぜん違うんだよ。

そりゃよっぽどの秘境や危険地域なら行ったつもりで十分。紛争地域なんかだったら、英語もロクに出来ない金ヅル日本人が行く方がよほど迷惑ですから。
でもたとえば、以前書いたけど、私はフィレンツェのウフィツィ美術館でプリマベーラを見てすごい衝撃を受けた。それがどういう衝撃か、文章にすることは到底出来ない。「本物はすごい」っていうことが、絵心なんて全くない私でも分かった。
ギザの大ピラミッドの中の蒸し暑さや、ルクソール神殿の柱の太さやレリーフの深みや、アブシンベルの偉大さは、実際に見なければ絶対に分からない。
バチカンの壮大さは写真や映像では到底分からない。あれはあの場所に足を踏み入れてこそなのだ。
冬のヨーロッパの日暮れの早さ、夏のシャモニの寒さ、インドの臭さやバンコクの喧騒は、体験しなければ絶対に分からない。
もちろん、遺跡を見ろ芸術を見ろってことだけじゃない。
盗まれたり騙されたり乗り遅れたりお腹を壊したり言葉が通じなくて悔しい思いをしたり、そしてまた思いがけない優しさに涙したり、そういうのも含めて、「旅に出る」ってことなんですよ。

・・・つまり旅行に行けばいいってこと?

別に今すぐ新幹線に乗れとか、パスポート持って飛べ、とは言わない。それが全てじゃないし、誰もが行ったからどうなるってもんじゃない。
そういうんじゃないけど、なんつーの、旅行だけじゃなく、もう少し幅を持つっていうか、決めたコースを常に特急で走るんじゃなく、途中で降りて休んでそれでまた特急に乗ることだって大事なんじゃないでしょうか。
日本という国がどれだけ厳しいかは分かってます。いえ、分かっていないのかもしれないけど、まぁ厳しいからこそ、私みたいな人間が住めなかった、ということは分かっている。

・・・それで得たものはあるんですか?

胸を張って答えましょう。
失ったもののほうが多いです。(爆)
この年じゃもう帰れないさ。毎日毎日毎時間毎時間毎分毎秒、
「あー、なんで私はこんなところにいるんだろう」って思ってる。

でも1つだけいえることは、国内外で多くの出会いがあった中で、【人間としての深み】を感じた人に共通することは、学歴でも出身大学でも年齢でも立場でもなく、若い時に多少の冒険や脱線や失敗や挫折をし、身をもって苦労した人達でした。
もちろん、旅行とか留学だけじゃなく、仕事でも趣味でも何でも。

今の時代、TVでもネットでも本当に簡単に情報が入るから、「こうしたら要領よく上手くいくらしい」「コレはどうも失敗するらしい」っていうマニュアルをすぐに見出すことができる。
好き放題な人生を送った成り下がりの成れの果てみたいな私のブログを読めば、「こういう人生は後が大変」っていう反面教師になることだろう。

でもやっぱなんでも、自分でやってこそ、なんですよ。
人生は、価格comやコスメネットで決めるものじゃない。
ましてや日本人。自分の身の丈に合う一生しか過ごせないわけじゃない。
いろんな人に出会い、本物を見て、失敗して凹み、自分の小ささと世界の大きさを知ることが、人間の価値と多様性を広げていくのでしょう。
TVを通して見るのは、「いかにして視聴率を上げるか?」とスタッフが作り上げた映像であり、それはほんの一部でしかないんです。
ネットで得る情報はあくまでも発信者の情報であり、誰かにとってはそれが失敗でも、自分にとっては成功につながるかもしれないんです。

もちろん、同じ道をひたすら歩き続けることもすごいことだと思います。
私にはそれが出来なかった。むしろすごいと思うし、この年になってみれば、下手なことを考えずにそういう人生を歩めばよかったと思うことがあります。

でも若いなら、横道の楽しさを知ってほしい。横道に楽しさを見出してほしい。
こうしたいああしたいって夢を持つことって、20代だからできるんでしょ。
大した人間じゃなくても、何かしてみたいってことくらいあるでしょ。

逆に言えばさ、すげぇ頭がいい人間じゃないなら、いいじゃん、別に。
どうせ頑張ったって、金持ちや有名大学を出たエリートには適わない。
必死にやってもようやく人並み。隣の芝生は青い。うちは貧乏草。
なら、多少好きな事に時間を費やしても行き着くところは結局同じ。
20代から自分を狭い枠に嵌めてどうするの。
人間だよ、人形焼じゃないよ。しかも、日本人なんだよ。

将来が不安なのは誰も同じ。
年金問題に格差社会にサブプライムに世界金融不安、温暖化に天変地災。

だからって、20歳から65歳を目指して生きるって、つまんないだろ。

日本全体が完全マニュアル化され、失敗することが許されず、一挙手一投足行動の完璧さばかりを重視し、誰が悪い何が悪いと責任を追及しすぎる世の中になった結果が、首相が立っては辞め立っては辞め・・・っていう現状を作るんじゃないだろうか、そう思えてならないのです。

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posted by Heshbonit at 17:00| 真面目なたわごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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