2008年09月30日

ザクロとグラナダとユダヤ人

ザクロ(石榴・柘榴)は、ユダヤ新年の象徴的な果物です。
ザクロの原産はイラン。
ヘブライ語では、リモン(Rimon)といいます。姉妹語のアラビア語では、ルマーン。
語源は、古代エジプト語のRMN(現代解読法では、Remen)。

古代の地中海エリアに君臨していたフェニキア人が、古代ローマにもたらしたため、「フェニキアのリンゴ(Malum Punicum)」、または、「種だらけのリンゴ(Malum Granatum)」と呼ばれました。
その2つの名前が混ざったものが現在のザクロの学名、「フェニキア種だらけ(Punica Granatum)」となるのです。これ間違いだろうに・・・。
ちなみに、英語「Pomegranate」や、イタリア語の「Melograno」、ドイツ語の「Granatapfel」などには、「種だらけのリンゴ」が正しく訳されました。

さて、スペイン語では、「種のリンゴ」の「種(Granatum)」だけが残り、「グラナダ」と呼ばれています。
はい。あの地名の「グラナダ」です。

それでは時代がぐいーっと遡り、7世紀頃。
現在の「グラナダ」の中心地に、「ユダヤのガルナタ(Garnata al-Yahud。アラビア語)」と呼ばれたユダヤ人居住地があったそうで、現在の「グラナダ」の源はそれではないかと言われています。
アラビア語で「ユダヤ人のガルナタ」と呼ばれていたということは、他にもガルナタという場所があったか、もしくは、元からグラナダ(ガルナタ)と呼ばれていたか、のどちらかと思われます。
「ガルナタ」に住んでいたユダヤ人は、常にキリスト教徒に圧迫された生活をしていました。そこで、8世紀初頭、アフリカ大陸から北上してきたイスラム王朝勢力側に付いて、彼らを支援することに。

本などでは「ざくろが語源」と書かれていますが、私は「ガルナタ」が「ざくろの生る町」という意味で付けられていたとは思えません。
どの国でもそうですが、昔はその土地の特徴や征服者の名前が地名になるのが一般的でしたから、「ざくろが...」というのは後世に伝説化した(こじつけた)と考えるほうが自然です。
「ガルナタ」は、アラビア語の単語でもイスラム教徒の名前でもありませんから、イスラム勢力がここに到達する前から「グラナダ」と呼ばれていたのでしょう。
そして、母音を表記しないアラビア語発音で訛りが生じ、イスラム支配下で「ガルナタ」と呼ばれたのではないでしょうか。蛇足ですが、ユダヤ教に「家の周りにザクロを植える」なんていう規則も風習もありませんから、「スペイン中、このユダヤ人の街にだけザクロがたくさんあった」ということも有り得ないはずです。
私の勝手な憶測ですが、スペイン各所に多く見られる「花崗岩(グラニート。英:Granite。語源は、Granatumと同じ)」が由来ではないかと思います。

こうして、イスラム勢力による「グラナダ王国」が完成。
あの有名なアルハンブラ宮殿も建造されます。
こちらも「赤の城砦」ですが、ザクロの赤ではありません。

当時のイスラム王朝は、全住民の信教の自由を認めたため、この地に住むユダヤ人は安心して生活が出来ました。おかげで、このグラナダを中心として「スペインにおけるユダヤ教の黄金期」を迎えます。
しかし、1492年のグラナダ陥落後、レコンキスタの終焉を迎えたこの地では、スペイン連合王国の異端審問が猛威を奮います。
ユダヤ人は土地を追われ、改宗を迫られました。ある者は抵抗して命を落とし、ある者は改宗して豚と罵られます。そして、海を渡るものは北アフリカ・南米へ、陸伝いに東欧・バルカン半島・トルコへと、再び放浪するのでありました。

というわけで、相変わらず話が全然関係ない方向に行きましたので、肝心の「なぜユダヤ人がザクロを?」っていうところに戻します。

理由の1つは、中にある種のような果肉が約600個あり(ホントか?)、これと『ユダヤ教の613の戒律』とを引っ掛けているという理由。
ザクロのしっぽ
さらにもう1つは、基本的にザクロの花びらは6枚あり、それが実となった時にちょうどダヴィドスター(六角星)のような形になるから、と。

そんなわけで、ユダヤの新年はザクロで祝う、ということになっています。
ザクロ型ペンダントトップ
いわばザクロはユダヤ人を象徴する果物といっても過言ではなく、ザクロを象った燭台や玄関の飾り、ペンダントトップなどもあります。

イベリア半島を追われたユダヤ人が、メディチ家保護下のイタリアの自由都市リヴォルノに逃がれ、その時にトマトをもたらした話は以前書きましたが、今、ここまで書いて、もしかしたら、
「このトマトっつーのはよ、ザクロと同じようなもんではねえのが? 中にぷちぷちあるし、なぁ、ちっと食ってみっか、お?」
・・・ってことで食べてみたのかも、とふと気が付いた。

もう1つ。英語で「Grenade」と言ったら、手榴弾。
ヘブ語でも、ザクロと同じ「リモン」です。
中の種(火薬)が、投げたら飛び散ることから形容されたようです。

 
posted by Heshbonit at 19:00| イ国の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月29日

今夕から新年

半日出勤。

勤務先は村役場。
でも「開いている時が勤務時間」。つまり基本的にフレックス。
平日はまぁ8時頃には出勤するっていう暗黙の了解があり、退出時間はまぁ4時近くまではいたほうが望ましい、と。
今日みたいな祝前日は、来ても来なくてもどっちでもいいんですが、仕事が溜まるのがイヤなのでとりあえず出勤。祝日が明けた翌朝に銀行に預ける小切手もまとめておかないといけないし。
でも、「開いている時が勤務時間」なわけで、この時めがけてくる人もいて、こっちはサッサと終えて帰ろうっていう気合で仕事しているため、なかなかイライラさせてくれます。

って言っても、私は新年なんて関係ないから実はどうでもいいんですが。

新年料理は、リンゴとハチミツ、ゲフィルテ・フィッシュ、そしてザクロ。

「ゲフィルテ・フィッシュ」というのは、つくね団子のようなものです。
イスラエルでは、鯉を使うのが主流。
発祥は東欧。ゆえに、海魚ではなく沼魚・川魚を使います。
その昔、希少な魚をすり身にして、皆で分けて食べたのでしょう。
日本の正月にかまぼこを食べる文化と同じようなものではないでしょうか。

ヘブライ語で魚のことを「ダグ(D・G)」といい、このヘブ文字を数字に当てはめて足すと、「D(4)+G(3)=7」になる。
「7」はお目出度い数字なので、お目出度い日にはこの魚を食べよう、と。
ま、一年通して食べたい時に食べればよく、魚を買って自宅で作る人もいるし、スーパーでも瓶詰めや冷食でいつでも売っています。

ゲフィルテ・フィッシュ
(適当に引用してきました。私の手じゃないです)

新年は「年頭」に引っ掛けて、魚の頭を一緒に盛り付けるのが正式。
ニンジンを乗せて魚の目に似せるらしい。ホントかどうか不明。
東欧では甘く味付けし、ロシアでは塩を効かせるとか。
基本はすり身団子みたいなものだから、日本人にも馴染みやすい味です。

ザクロは・・・、いいや。どうせヒマだから、明日のお題。

Blogpet今日のテーマ :

あなたが最近笑ったのは、いつどんなことで笑いましたか?


日常生活はひきこもりですし、仕事は経理部、笑うことはありません。
家に帰ってきて、ようつべ見て、無理矢理笑っています。
誰かと会話してゲラゲラ笑うとか、もう何年もしてません・・・。
もうそういう機会もこの先ないんじゃないだろうか。

◎今日のイチオシのオカン
名前しか知らなかったけど、もっと早く存在に気が付けばよかった。
携帯電話屋もいいです。ネジ工場。
posted by Heshbonit at 18:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

5768年最後の日(BlogPet)

Heshbonitの「5768年最後の日」のまねしてかいてみるね

出勤!
普通にこの世が何とかなると、来月の宿泊状況は分かってるし、ジュラシックパークも5769年前にしないで!!
どういうわけか上手い具合にすごいと思った!!
明日のスコット(祝週)の期間、細かいことはほぼ満室だそうです。
◎今日の最高コンビ。
だから今日の宿泊状況はほぼ満室だそうですね。
明日のムービーチャンネルで!
ホントに、なんだかまた揉め事が楽しいんだろ。
そこいくと来月の最高コンビ。
大多数の宿泊状況は5768年の連休と、村中の夕方から♪
この2人♪

*このエントリは、ブログペットの「Wanko」が書きました。
posted by Heshbonit at 09:15| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月28日

5768年最後の日

出勤。

人事関係のゴタゴタが何とかなると思ったものの、なんだかまた揉め事が続きそうです。適任者探しって難しいですね。
そこいくと、村中の予想を反してどういうわけか上手い具合に収まっている私って、ホントにすごいと思うよ。自画自賛。

明日の夕方から「ユダヤ新年(ロシュ・ハシャナ)」
今年はユダヤ暦で5769年です。だから今日は5768年の大晦日。

どういうことって、5769年前にこの世が作られました。
いいからいいから、細かいことは気にしないで。
普通に、ジュラシックパークもTVのムービーチャンネルでやってるし、ナショナルゲオグラフィックもやってるし。大多数の人は分かってるから。

このユダヤ新年の連休とと来月のスコット(祝週)の期間、北部イスラエルの宿泊状況はほぼ満室だそうです。
こんなトコ来て、何が楽しいんだろ。


◎今日の最高コンビ
いいなぁ、この2人。ホントにうらやましい。
posted by Heshbonit at 20:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月26日

ピーリングをしよう

なんかこうね、顔がどんどん酷くなるなぁってずーっと感じてたんですよ。
ま、元々の素質がよくないから、お肌ツールツルっていう時代は、せいぜい5歳くらいまでだったと思います。あとはもう悲惨な状態。
この中東生活でどんどんどんどん酷くなっていく一方。よく「ノーメイクにしてから肌がよくなった」とか言うけど、ここ9年ノーメイクなんだけど、何の変化もありゃしねぇ。

数ヶ月前にネットでエージング系のクリームを買いまして、その時は利いた利いたと喜んでブログにも書きましたが、慣れてきたのか何なのか停滞気味。
それでピーリングをしてみたいと思い、再びネットで探してみたんだけど、私が使ってみようと思った商品、イスラエルでは輸入しなくなった、と。

もうどーでもいいかと思いかけていたんですが、先週、休みを取ってちょっと出た時、どっかでたまたま鏡で見たら、なんかすっごい顔してるのに気が付いた。
私の行動範囲だと自宅の鏡か職場のトイレの鏡しかないから、なんかそれで見慣れてたんですけど、光の当たり具合が違うのか、それともそれがホントの姿なのか、なんか我ながら強烈なすっごい顔だったんです。

「こりゃなんかしないと」ってネットで検索。

はじめにヒットしたのが、「ケミカルピーリング」。
健康保険組合でもやれるらしいけど、価格的にもちょっとそれは・・・と。

次のヒットは、「自宅ピーリング用キット」。
フランスの某メーカーもの。検索してみたけどいいのか悪いのか分からぬ。

さて次のヒット、「自宅で簡単ピーリング」。
なになに。

ホワイトチーズ(脂肪9%)、小麦粉、はちみつ、カモミール少量。

・・・。

ということでその日のうちに買いに行きました。
ホワイトチーズ。
乳製品アレルギーとは言っても、速攻で何かが出るわけじゃないし、ま、やってダメならやめればいいじゃん、と。生まれて此の方、顔に何かを塗って肌が荒れたことが一度もないし、もうどうせボロボロなんだからどうでもいいやっていう超投げやり姿勢。
「ホワイトチーズをスプーン1杯、そこに少量の小麦粉とはちみつ・カモミールを加え、顔に塗り、20分後、パリパリしてきたら、ぬるま湯で落とす。以上」

とりあえずハチミツとカモミールなしでやってみました。
書いてあった方法はこれだけでしたが、ぬるま湯で流すだけではムズムズしてきて落ち着かないため、流して30分後に洗顔フォームでしっかり落としました。
その後、いつものように、化粧水&クリームを塗って就寝。

翌日・・・。

違うっーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!

いやマジでさ、いつもクリームを塗って寝ると、朝は「顔の上に塗った」って感じでしっかり残っている感じだったのに、完全に吸収されてんの。
あと、あご下がザラザラしているのもかなり緩和されてるし、とにかくぜんぜん違うんだわ。これがピーリングってやつかー!
それから1週間、ほぼ毎日やってますが、これすごくいいと思う。気のせいか毛穴汚れも緩和されているような気がする。ま、気のせいだと思うけど。
もう1週間くらいは毎日やって、それ以降は週2〜3回にするつもりです。

だからって一気にすごくよくなったってわけじゃないけどさ。
ってか初対面の人が見たらまず間違いなく、「うわ、きったねぇ肌のオバサンだなこりゃ・・・」ってぜったいに思うはず。毎日顔をあわせている「趣味が美容関係」っていう先輩部員が何も言わないから、別に表面上の変化は一切ないと思います。
ま、ほらこういうのって自己満足だし。
髪の毛だってそうじゃん。本人は特殊な何かをしてサラサラになったって思ってても、周囲にしたらぜんぜん分かんないからさ。それと同じだということで。

このホワイト・チーズ。
いわゆる「クリームチーズ」とは違います。
ホワイトチーズは、中東の朝ご飯メニューではとても一般的。
でもイスラエルのは、他の中東諸国と違って、塩味がついていません。
日本人の味覚にしたらヨーグルト。チーズの風味はほとんどない。
作り方も途中まではヨーグルトとほぼ同じですが、最後に凝乳酵素(レンネット)を入れて、発酵させないで食べる、となっています。
イスラエルでは、朝食にパンにそのままつけたり、オリーブや香草を混ぜたり、サラダにかけたりするのが一般的です。
日本ではフランス風に「フロマージュ・ブラン」として出回っているようです。

それでは楽しい週末を。私はひきこもり♪
posted by Heshbonit at 18:00| 楽しい毎日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月25日

ポールがやってくるヤァヤァヤァ

イスラエルにポール・マッカートニーが来ています。今夜、ライブ。
イスラエルでライブするのは初めて。最初で最後かもね。
VIPシートは1200席限定で5000シェケル(15万)
それ以外はS席で4万5千円、一番安くて1万円くらいだそうだ。

なんでも40年前に来る予定だったんだけれど、賛否両論でガタガタし、結局、「だめだだめだ、ビートルズなんて若者によからぬ影響を与えるから、けしからん!」と、時の教育相が受け入れ拒否をしたそうで。

さて。
けしからんからとコンサートはしなかったのですが、イスラエル人歌手達はビートルズの歌をヘブライ語に訳して歌いはじめました。
1960年代では、海外からレコードを輸入して・・・なんていうのがまだまだ大変な時代でしたから、イスラエル人歌手がヘブライ語で歌うビートルズでも、それなりに受けたようです。

しかし、ちゃんと訳した歌もあれば、イスラエル人に馴染みやすいように解釈したのもあれば、もうムチャクチャにしたのもあり、必ずしもそれが、「正しいビートルズ」とは言い切れません。

たとえば、「ヘイ・ジュード(Hey Jude)」。ヘブライ語版では、「ヘイ・ルツ」。
ジュードってのはスペルでいえば、黄色いダヴィドスターに書かれていた文字ですから、どうもイスラエルではよくない。ってか暗黙の了解で放送禁止用語です。
ちなみに、「ルツ」は、旧約聖書では苦労をした女性の名前。
姑と一緒に収穫後の麦畑でおこぼれ拾うほどの貧乏さん。
♪ヘイ、ルツ、そんなに悩まないで、逃げちゃダメ
って感じで、歌詞全体の意味合いとしたら、ちゃんと訳されています。

でもねぇ。

GIRL」。
 Is there anybody going listen to may story
 All about the girl who came to stay...
 Oh girl, Oh girl...


どう読んでも、僕が好きな女の子のことを書いた歌です。
しかし、ヘブ語版はこちらだ。

「GEZER」

ゲゼル・・・、GとRは合ってますけど。
ようつべで検索して聴いたら吹いたよ、もう。
ヘブ版動画をアップしても分からないと思うので、全訳しました。
こちらをどうぞ。

「にんじん」
  歌詞:ディディ・マノシ(ヘブ大文学部卒。コラムニスト)
  作曲:ポール&ジョン

この世に菜園から取れる野菜が嫌いな人間はいない
コールラビ 赤カブ アスパラガス わさび
ナス ピーマン ニンニク タマネギ
そしてニンジン ああ、ニンジン

もし俺が自分で選べないというなら
ソラマメや青マメはくれるな
カブもキャベツもズッキーニもほうれん草もいらない
その代わりニンジンをくれ ニンジン

ニンジンは 美味くて健康的だ
具合が悪いヤツには ニンジンを食わせろ
この俺がほしいなら 皿にニンジンをのせてくれ
ニンジン ニンジン ニンジン

女はたいていしっかりしたもので
旨い味に掻き立てられるものだ
だからでっかいスイカや キュウリが好きなんだ
もしくはニンジン ニンジン ニンジン 

俺はカボチャ頭のオンナはいらない
もうそういうのは経験済みだ
だから俺は赤毛のオテンバ娘がいい
そう ニンジンみたいな ニンジン ニンジン

・・・。

どっちがけしからんか分かりません・・・。
正しいビートルズを入れたほうがよかったのではないでしょうか。
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2008年09月24日

生存報告

出勤。

昨日は会計士が来ていた日で、ついでに新年前のプチパーティーなんかもありまして、ただ「皆が一同に会したことで・・・」とちょっとしたミーティングにもなりましたが、まぁ、「おらが村役場」ですから、そんなレベルです。

今日は、もう1つの職場のボスが、山の上の病院に再検査に行くというのでまた移動秘書として電話番&運転手。
町の診療所の眼科医は、「白内障・そろそろ手術」と診断したのですがどうもそんなに酷くないらしい、と。ボスは手術する気マンマンだったからもう1度、町の眼科医に診断書を見せて、再度今日に望んだのですが。
各種いろんな検査をしても、要手術の基準よりはるかに高い、と言われたそうだ。なんで町の眼科医は手術を勧めるのか、そっちが分からない、と。

そんなのはどうでもいいんですが、山の上、かなり涼しい・・・ってか肌寒ささえ感じました。
で、午後は帰ってきてマジメに仕事。

そうそう。
日本の新首相の話が、ちょこっとこちらの新聞にも載っていました。
なんでもいいんですけど、次はどんだけ持つんでしょう。
ま、イスラエルの先日当選した女性党首も、連立組閣で苦心しています。6週間以内に連立交渉が出来ないと解散総選挙になります。ってか各党はそれを狙ってます。

なんだかどれもこれも書くにつれて本当にどうでもいい話。
最後まで読んでくれた皆さん、スミマセン。スルーしてください。
昨日のほうが面白かったんですが、学校から帰ってきてなんかもうどっと疲れて何も書く気がなく、一夜明けたら何がなんだったかもう面倒になった状態。
なにもわざわざアップする必要はなかったんですが、生存報告。
あと4日でユダヤ新年。早いなぁ・・・。

◎今日の
いいなー、ライブ行きたい。
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2008年09月22日

ホっとした(BlogPet)

Heshbonitの「ホっとした」のまねしてかいてみるね

毎週実家になって、ちょっとホッと言われることもして、そういうこともあるん。
工具って言えばダイヤモンドのでしょうか。

*このエントリは、ブログペットの「Wanko」が書きました。
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2008年09月21日

ホっとした

毎週実家には電話しているんですが、昨日電話したら、コッチの話もそこそこに母が言った。

「お兄ちゃん、帰ってくるのよ!」

証券マンのわが長兄、大阪方面に転勤になって約10年。
手前味噌ですが、それはそれはもう本当に良く出来た兄です。
子供の頃から親に迷惑をかけないし、親をよく助ける模範的な兄でした。
つまり性格的に私とは全く似てません。どこも似てません。カスリもしません。外見はどうなんでしょう。似てると言われることはないです。でも実の兄です。

先週電話した時、ちょうど夏休みで帰省していて、「バブル時代はさー」なんていう昭和臭プンプンな話で盛り上がった後(バブル入社の証券マン、そりゃ一番いい時代の話題だわ♪)、「ところで兄貴、そろそろ転勤じゃないの?」と言ったら、「うーん、そろそろかもな」と言ってたんですが。
夏休みを終えて出勤した日に辞令が出て、自宅から通える支店に転勤って。

これだったら何のためにわざわざ夏休みの帰省したのか分かんないけど、ま、そういうこともあるんでしょう。
本人は結構気に入ってたみたいですけど。大阪のほうが商売しやすいって。
でも生まれ育ったのが神奈川で、採用も東京本部で(本社は大阪)、老親がいるとなったら、ここらで帰ってくるのが潮時、と会社が判断したのでしょうか。

母曰く、「馴染みの靴屋で靴を2足も買い、寒くなるからって冬物持ってったのに。あれ全部持って帰るのよ」と、言いながら声がメチャメチャ弾んでいた。
昨年夏までは次兄夫婦が近くにいてくれたけど、転勤で東北に行ってしまい、なんかどうも罪悪感に苛まれていたんですが、ちょっとホッとしました。
バカ娘、親不孝ですみません。

そうそう。証券って言えば。
イスラエルの工具メーカー「イスカル」が、日本の工具メーカー「タンガロイ」を買収したそうだ。正式には、野村証券系列の投資会社が保有していた株を買い上げたと。
工具って専門の人じゃないとと見ない世界だから、メーカー名を聞いたってピンとも来なかったです。イスラエルといえばダイヤモンドですが、指に嵌めるほうはもちろんのこと、工業ダイヤモンドの分野でも有名です。

ま、それはどうでもいいんですが、イスラエルのニュースではまるでトヨタかソニーでもお買い上げしたかのような天下取ったみたいな書き方をしています。

そんなこんなでまたダラダラな1週間のスタートです。
posted by Heshbonit at 20:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月20日

優秀な日本人の皆様

お気に入りブログで、「現代の若い人の話」がありました。
こういうワケの分からない人生を歩んでいる私が言うのはなんですが、最近の若い人は夢がなくて可哀想だな、って思います。
私自身は好き放題やって、その結果、取り返しの付かない人生になってしまった次第。
本当は途中で軌道修正して大気圏突入するはずが、軌道修正に失敗してしまったためにこうなったんです。今さら軌道修正の失敗をどうにも出来ず、宇宙漂流。

それでも、なんつーのかな、

『22歳で趣味が貯金、車も買わなければ海外旅行にも行かない』
・・・そういうのってどうなんだろう。

もちろん私の時にもたくさんいましたけど。でもちょっとは旅行に行こうとか趣味に使おうって、それもそれで自分のためのプラスになることだと思うんですよ。

池波正太郎の「男の系譜」という、昔の偉人に関してあれやこれやと語り下ろした本があり、その中に「綱吉」と「吉宗」という項があります。

元々将軍になれる可能性がめちゃめちゃ低かった綱吉は、子供の頃から学問ばかりで遊びもせず、ひたすら四書と易経の学習に時間を費やしました。
父が3代家光とはいえ側室の四男坊、質素で慎ましく勉強に打ち込む毎日。
さて、義兄の4代家綱が急逝し、他の兄弟も他界したために五代将軍に。
側近も殺されてうるさく言うヤツがいなくなった。そこで権力を一気に掌握することになり、歯止めが利かなくなった。
生まれて此の方贅沢をしたことがなく、ただただ勉強しかしてこなかった綱吉。そういう人が「何でも出来る」ってことに目覚めると、何をするにも止め処がない。
取り入る者を重用し、ジャマなものを退ける。下々の生活など我感知せずで好き放題。生類哀れみの令がその最たるものでしょう。おかげで江戸城下に無用の役人がうろうろすることになる。誰だってこのままじゃいけないのは分かるけど、頭のいい人だから始末が悪い、と。

その後、6代・7代将軍が短命で、8代に選ばれたのが紀州の吉宗。
これがまた、徳川御三家とはいっても側室の末っ子で夢にも将軍になるとは思っていないから、子供の頃から野原を駆け回り、農民町人と交わっていた。
元来、機転が利き、人付き合いもよい。紀伊藩主になってからは農民町民のために尽力し、それが徳川宗家の目に留まって、(ま、内部ゴタゴタの後)将軍に。
傾ききった徳川家の経済をどうにかすべく、享保の改革を推進。
徳川15代の中で、初代家康を除けば最も将軍らしく治世した将軍です。
っていわずと知れた暴れん坊将軍、長々と書く必要はないですね。

・・・だからなんだって言ってもね。

まぁね、昔々の偉人の話を持ち出して、「昔の人は偉かったよ。だから、おまえさんもね・・・」なんて偉そうな話をするつもりはない。
でも、なんていうのかな、やっぱり人間にはいろんな余裕って言うのが必要で、いろんな出会いやいろんな挫折やいろんな苦労やいろんな失敗を経験することが大事だと思うんです。

TVをつければ、世界の国々を訪ねる番組がある。それを見ていると、なんだか行ったつもりになれる。でも、旅行って「行ったつもり」じゃないんだよね。
ビザなしで多くの国に問題なく入れる日本人パスポートを持っているのに、なぜそれを使おうとしないのか! 50歳60歳になってお金に余裕が出てきて行くのと、20代で行くのとはぜんぜん違うんだよ。

そりゃよっぽどの秘境や危険地域なら行ったつもりで十分。紛争地域なんかだったら、英語もロクに出来ない金ヅル日本人が行く方がよほど迷惑ですから。
でもたとえば、以前書いたけど、私はフィレンツェのウフィツィ美術館でプリマベーラを見てすごい衝撃を受けた。それがどういう衝撃か、文章にすることは到底出来ない。「本物はすごい」っていうことが、絵心なんて全くない私でも分かった。
ギザの大ピラミッドの中の蒸し暑さや、ルクソール神殿の柱の太さやレリーフの深みや、アブシンベルの偉大さは、実際に見なければ絶対に分からない。
バチカンの壮大さは写真や映像では到底分からない。あれはあの場所に足を踏み入れてこそなのだ。
冬のヨーロッパの日暮れの早さ、夏のシャモニの寒さ、インドの臭さやバンコクの喧騒は、体験しなければ絶対に分からない。
もちろん、遺跡を見ろ芸術を見ろってことだけじゃない。
盗まれたり騙されたり乗り遅れたりお腹を壊したり言葉が通じなくて悔しい思いをしたり、そしてまた思いがけない優しさに涙したり、そういうのも含めて、「旅に出る」ってことなんですよ。

・・・つまり旅行に行けばいいってこと?

別に今すぐ新幹線に乗れとか、パスポート持って飛べ、とは言わない。それが全てじゃないし、誰もが行ったからどうなるってもんじゃない。
そういうんじゃないけど、なんつーの、旅行だけじゃなく、もう少し幅を持つっていうか、決めたコースを常に特急で走るんじゃなく、途中で降りて休んでそれでまた特急に乗ることだって大事なんじゃないでしょうか。
日本という国がどれだけ厳しいかは分かってます。いえ、分かっていないのかもしれないけど、まぁ厳しいからこそ、私みたいな人間が住めなかった、ということは分かっている。

・・・それで得たものはあるんですか?

胸を張って答えましょう。
失ったもののほうが多いです。(爆)
この年じゃもう帰れないさ。毎日毎日毎時間毎時間毎分毎秒、
「あー、なんで私はこんなところにいるんだろう」って思ってる。

でも1つだけいえることは、国内外で多くの出会いがあった中で、【人間としての深み】を感じた人に共通することは、学歴でも出身大学でも年齢でも立場でもなく、若い時に多少の冒険や脱線や失敗や挫折をし、身をもって苦労した人達でした。
もちろん、旅行とか留学だけじゃなく、仕事でも趣味でも何でも。

今の時代、TVでもネットでも本当に簡単に情報が入るから、「こうしたら要領よく上手くいくらしい」「コレはどうも失敗するらしい」っていうマニュアルをすぐに見出すことができる。
好き放題な人生を送った成り下がりの成れの果てみたいな私のブログを読めば、「こういう人生は後が大変」っていう反面教師になることだろう。

でもやっぱなんでも、自分でやってこそ、なんですよ。
人生は、価格comやコスメネットで決めるものじゃない。
ましてや日本人。自分の身の丈に合う一生しか過ごせないわけじゃない。
いろんな人に出会い、本物を見て、失敗して凹み、自分の小ささと世界の大きさを知ることが、人間の価値と多様性を広げていくのでしょう。
TVを通して見るのは、「いかにして視聴率を上げるか?」とスタッフが作り上げた映像であり、それはほんの一部でしかないんです。
ネットで得る情報はあくまでも発信者の情報であり、誰かにとってはそれが失敗でも、自分にとっては成功につながるかもしれないんです。

もちろん、同じ道をひたすら歩き続けることもすごいことだと思います。
私にはそれが出来なかった。むしろすごいと思うし、この年になってみれば、下手なことを考えずにそういう人生を歩めばよかったと思うことがあります。

でも若いなら、横道の楽しさを知ってほしい。横道に楽しさを見出してほしい。
こうしたいああしたいって夢を持つことって、20代だからできるんでしょ。
大した人間じゃなくても、何かしてみたいってことくらいあるでしょ。

逆に言えばさ、すげぇ頭がいい人間じゃないなら、いいじゃん、別に。
どうせ頑張ったって、金持ちや有名大学を出たエリートには適わない。
必死にやってもようやく人並み。隣の芝生は青い。うちは貧乏草。
なら、多少好きな事に時間を費やしても行き着くところは結局同じ。
20代から自分を狭い枠に嵌めてどうするの。
人間だよ、人形焼じゃないよ。しかも、日本人なんだよ。

将来が不安なのは誰も同じ。
年金問題に格差社会にサブプライムに世界金融不安、温暖化に天変地災。

だからって、20歳から65歳を目指して生きるって、つまんないだろ。

日本全体が完全マニュアル化され、失敗することが許されず、一挙手一投足行動の完璧さばかりを重視し、誰が悪い何が悪いと責任を追及しすぎる世の中になった結果が、首相が立っては辞め立っては辞め・・・っていう現状を作るんじゃないだろうか、そう思えてならないのです。

ひらめき 関連記事:続・優秀な日本の皆様へ

   
posted by Heshbonit at 17:00| 真面目なたわごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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