2006年08月20日

いきなり集中豪雨

出勤。

観光客が戻ってきたため、村のペンションもかなりの賑わい。
ある意味、しばらく静かでよかったんですけれど。

結局、政府も「北部観光業者には、前年分の収入から計算して78%を支払う」ということになったそうで、つまり、前年の7月12日〜8月19日(戦争が終わったからってすぐに戻ってくるわけではないため、5日間の猶予付き)を参考にするそうだ。


午後、仕事をしていたら、なにやら外が曇ってきた。
なんだろう…と思っていると、いきなりポツポツと雨。
たまたま雲が重なったんでしょ?と呑気に考えていたら、いきなり大雨雨になりました。

ここ、地中海性気候のはずなんですが・・・。

稀に稀々に、9月頃にほんの気まぐれに「お湿り」はあったとしても、大体、10月半ばまでは雨が降らないのが普通で、しかも、傘があってもグチャグチャになるほどの大雨が降るなんて、考えられません。
結局、大雨は1時間ほど降り続きました。
この北部だけの局地的集中豪雨。観光客は大喜びだったみたいですが。


雨も止んだし、仕事が終わってから、ようやく免許用の写真を撮りに行く。
例のロケット砲が落ちたショッピングセンターですが、運輸省指定の写真屋には影響はなかった模様。でも、直撃を受けた携帯電話のサービスセンターは営業できない状態です。

写真屋で免許更新用紙を見せると、「そこ座って」といわれて、いきなりバシャっと撮られた。
「コッチ来て。これでいい?」
パソコン画面を見ると、なんとも寝とぼけた顔で映っていたのだけれど、どうせ撮り直したところで同じ顔だろうから、それでガマンします。

10年免許なんだけれど。
ま、いいや。交通警察以外には見せないんだから。

帰りにホームセンターに寄って、ちょっと買物。
あっちこっちから、「戦争中、どこにいた?」なんて会話が聞こえる。
顔見知りのレジのネーさんが、同じ質問をしたから、「ずっとここにいた」と言ったら、ちと驚いていた。
シェルターに入ったこともないと言ったら、信じてもらえなかった。

町もようやく活気づき、日常生活に戻っています。



余談なんですが。
昨夜10時過ぎから、シネマチャンネルで、「Hyde and Seek」っていう、ロバートデニーロの映画を見たんです。かなりたるい映画で、「なんだ、そういうことか・・・」ってな結末だったんですけれどね。オバケかと思ったら、多重人格で、別人格の時に行動していた、と。なんかどっかでこんな映画を見た気がする・・・。
ところが、終わってから寝ようとしたら、どうしたことが寝付けない。
なんででしょう。YouTubeで稲川淳二の怪談を見まくっても、なんてことなくぐっすり眠れるのですが。一体何がいけなかったんだろう・・・。
posted by Heshbonit at 19:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月19日

キリヤットシュモナ・被害地巡り

休日。
午後から、キリヤットシュモナの被害地巡りをしてまいりました。


まず中心部から。
キャニオンレヴ@キリヤットシュモナこの商業ビルには、運転免許事務所・歯科・旅行代理店・ガス会社などが入っています。幸い、ガス会社は戦争開始後すぐに危険物(小さなガスボンベなど)を撤去したため、大事には至りませんでした。
写真左に小さく写っている平屋の建物もロケット砲被害を受け、窓ガラスが全て吹っ飛んでいた。(一部は既にガラスが入っています。いつまでも開けておけませんから)。

クパットホリーム@キリヤット・シュモナ
その向かいには、健康保険組合の診療所があります。
1階部分にこうして防御壁を置き、そこだけで開業していたそうで、私の村に住む人でここの薬剤師をしている女性は、防弾ベストを着用して働いていました。

キカル・ツァハル
奥に行ってみたら、シャバットでも、瓦礫除去作業をやっていました。

ケラミカ
外部から見たら大したことなさそうですが、実はこの店、バス・シャワー・トイレ・タイルなどの展示販売店で、内部の被害は物凄かったらしいです。

クファル・ギラディ周囲
少し離れたクファル・ギラディへ。
周辺も燃えつくして真っ黒になっています。

クファル・ギラディ
兵士12人が犠牲となった場所です。

kgiladi2.jpg
北部を守るために戦死したイスラエル国防軍兵士12名に捧ぐ。
神が彼らの血を蘇らせ、彼らの名を祝福されんことを。

左に行ったらメトゥラ、右に行ったらキリヤットシュモナ
その後、足を伸ばして「住民撤退勧告」がでたメトゥラに行ってきました。ただ住宅地の奥に入るのはいくらなんでも・・・と思って外郭だけ走ってきたので、これといった写真はありません。

それではつまらないので、在りし日のグッドフェンスの写真でも。

グッドフェンス

この写真を撮ったのは、グッドフェンスが閉鎖された後です。今日は当然ながら軍の車がかなり手前の道から封鎖していました。
その昔、このグッドフェンスを通って、レBノン南部に住んでいる人達がイ国に仕事や買物に来ていたこともあったのですが・・・。


それにしても、どこに行っても、すごかったですよ。観光客。
私だけじゃない。カメラを持って町を歩いていたら、村で働く某部門のS嬢&彼氏とバッタリ。やはり同じように被害地巡りをしていたし(そして彼女から「落ちたのはあの辺とあの辺と・・・情報を得た)。
クファル・ギラディは人出が多く、追悼ろうそくを捧げる人もいました。
うちの村のペンションでも、「どの辺に落ちたんだ?」と落ちた場所を聞く客がかなりいるとか。

キリヤットシュモナは、私の生活には欠かせない町です。
もちろん、私が住むのはここから10キロほど南の村ですが、生活に必要なありとあらゆることは、全てこの町で行っています。
運転免許、診療所、簿記教室、全てこの町です。町を歩けば親しく声を掛けてくる人もいるし、最早この町で私を「チャイナ」という人はほぼいません(いたとしたら外部から来ている人くらい)。


2日前の日本大使公邸でのパーティーで、
「キリヤットシュモナ、えー、ギャハハハー!」
と在イスラエルの日本人女性数名に大爆笑された。
実は、それで気分が悪くなって帰ってきました。
私よりもおそらく年上の初対面の人ばかりなんですけどね。

都心部に住む人にとっては、他人事でしょう。
そんな所に住むから悪い。イヤなら住まなければいいと思うでしょう。
タバコの煙を私に吹きかけて、「ギャハハー! なんでー!」って。
「バカな田舎者!」っていう意味で、面と向かって大爆笑したんだよね?

でもさ、国境ギリギリのこの町は、笑い事じゃねぇんだよ。

あなたの家には飛んでこないからいいよね。
気楽だよね。笑い事だよね。日本人で固まって笑える話だよね。
だからタバコの煙を私に吹きかけながら「ギャハハー」って笑ったんだ。

ロケット砲が無差別に飛んでくるのは、笑えること?
1日中止むことのない砲弾音と地響きがするのは、楽しい?
地下シェルターに避難するって、そんなに可笑しい?
兵士も一般人も死んでいるんですけど、爆笑することなんだ?

戦争終わって1週間しか経っていないのに、アンタ達、ヒズボラのテロリストと同類だよ。もしかしたら彼女達が吸っていたタバコ、大麻だったのかな?
どうしてイスラエルって、こんな日本人しかいないんだろう!



ちょっとマジになっちゃいました。

じゃ、最後におまけ。
これは全然関係ないんだけれど。
ときどきもう1つの職場の買物をしに行く工具関係の店の壁画なんですが。

プー&貧乏少女&ヘルツェル

プーさんと、貧乏で不健康そうな女の子と、テオドール・ヘルツェル。

分からん。ぜんぜん分からん。
           
posted by Heshbonit at 20:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月18日

日常に戻ると

出勤。

どういうわけか経理部、誰もいません。
金曜日は半日でも、大体が出勤するし、何らかの会議なども行われるはずなのですが、珍しいこともあったもんだ。お疲れ休みでしょうか。(何の?)

いきなり世の中が稼動しはじめたからか、溜まっていた請求書などもいきなり来て、それなりに追われた状態。でも、1人で静かな状態で電話も鳴らないし、気分よく仕事が出来ます。

1週間ほど前の爆音がまるで遠い昔のような気がします。
人間っていうのは、慣れるのも早いけれど、忘れるのも早い。
もちろんこれは、自分が何の被害にも遭っていないからけど。

少し前にイ軍兵士のインタビュー記事が掲載されていて、
「妻と口喧嘩していてイライラしたり、仕事のことで心配もあったりしたけれど、徴兵されて軍服を着たら、そういった細かいことを全て忘れてしまった」
と語っていました。

確かにそうなの。
細かいことがいろいろあったのに、とにかくいきなりこういうことになって、国境からは爆音振動、非常サイレンも鳴って・・・、日常のこまごまを考える時間が全くなくなりました。
といいますか、そういったこまごまが頭の中から消えたんですよ。

それが、静かになって日常に戻ると、急にいろいろなことが浮上してくる。


政界でも、法務大臣がセクハラ疑惑で辞職することに。
今回の激戦地区の1つナハリアでは、あれだけ活躍した消防署で給料遅配。


尤も、静かになったって言っても、いつまでか分かりませんけれど。
1万5千人結集と全会一致で決まったものの、3割も集まってないんだし。
posted by Heshbonit at 20:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月17日

新システム

早めに出勤。

今日は、石油会社の新しい管理システムが導入されるため、とりあえず経理部に早く出勤。田舎だから早いのももちろん、イスラエルのかなりのところが朝が早いのです。郵便局やスーパーは朝8時くらいからやっていますし。
本日の私は7時出勤。でも既に出勤している人がいます。お手上げです。

9時過ぎに、石油会社のデータ関係のエンジニアが来て、スタンドの配電盤やら何やらをいろいろやって、その後に事務所に来て新しいシステムをダウンロード。

コネクトすれば全てのデータが自動的に行くのかと思いきや、
「これ、1つずつ入力して・・・」
仕方なく、言われるように1つずつ全て手入力。
その後、使い方を教わりまして・・・。ま、慣れればなんとかなるでしょ。

新しいシステムはスゴイ、なんていっていましたが、どこがどうスゴイとも思えず・・・。尤も、前のシステムがほぼ壊滅状態でしたから、なんにしても仕方ないんですけれど。

昼抜きで14時過ぎまでかかって終了。
経理部には、「今日は1日かかります」と言って出てきたから、今更昼食を食べて再び出勤する気にも起きず、そのまま帰宅。


さて、久々にお出かけ日でございまする。

在イ大使公邸にてパーティーがあり、日本人のX氏と共に出かけました。
でも、お互い以外に知り合いなんて誰1人いませんから、好きなだけ食べた後は、壁の押し花となって話し込むだけ。
参加しているのは日本人が3割程度で、あとは外国人やらイスラエル人やら。それだけに妙に居心地がよかったです。

しかし、北部のカラカラ乾燥気候になれた私には、イスラエルの海岸地方の湿度には参りました。ついでに久々のメイク&スーツだし。
第一、メイクするっていうだけで、もう顔がついていってない。
もちろん、ファンデの色が既に地肌の色とは全く別になっていますし(イブニングパーティーでよかった)、それ以前の問題で、化粧方法をキレイに忘れている。

化粧小物を入れているポーチを引っ張り出してみるも、
マスカラは既に干からびていたし、口紅は「これ大丈夫かなぁ・・・」、アイシャドウ、あら、好きな色が割れている。それにしてもこうやって塗ってた? 塗り方ってこんなでよかった?

それにしても、いつもノーメイクで気に留めなかった「細かいたくさんのシワ」にも気が付きました。なんか急に老けた気がした。ホントに。

これじゃ、日本はムリだ・・・。


「Heshbonitさんですか?」と聞かれた方、
違います、と会話を終了いたしましたが、
すみません。本人です。
同行者がいたので、とっさにとぼけました。
以後お見知りおきを。
って、いまさらですよね・・・。
posted by Heshbonit at 23:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月16日

最終回・・・

出勤。

朝一番、某部署のS嬢から電話。
S嬢はこの村ではなく、今回の激戦区となった町の住民です。

:「久しぶり。大丈夫だった?」
:「うちの家や近隣は大丈夫」
:「どこに行ってたの?」
:「1ヵ月、イスラエル中を旅していた。で、帰ってきたはいいけれど、何なのコレ? 1ヶ月だれも掃除した形跡がないし、メモがグチャグチャになっているし、ロケット砲が落ちたってこんなにグチャグチャじゃないわよ」

紅一点だから、彼女が休んだら簡単に事務の代わりをしてくれる人はいても(私も今回、月末締めは代行しました)、掃除やらなんやらはやってくれません。

銀行なども昨日から営業再開したけれど、やはり混乱しているらしく、大変なことになっているらしいし。

1ヶ月っていうのは、長すぎましたよね、それにしても。
過去のイ軍のオペレーションはどれも短期決戦でしたから、だから私もこのブログで、「そろそろ終わるんじゃないでしょうか」なんて書き続けていたんです。

各種新聞やテレビ・ネットでも、今回の作戦に対する批評は相当強いです。
参謀総長はインサイダー取引疑惑をかけられているし。
兵士7人が殺され2人が拉致されたのが9時。株売却時間が12時。
とりあえず本格開戦前だったし、まだロケット砲もそれほど飛んできていなかったし、イ軍側も国境での小競り合い程度で、本腰いれた攻撃はしていませんでした。
読売新聞では、空爆開始後と書かれていますが、事実歪曲です。
写真に黒煙を描き足すよりも、よほどタチが悪いじゃん。
現地特派員がウソ書くようじゃ困るね。世界一の発行部数が泣くよ。

彼の一存で戦争開始したわけじゃないんだけれど、とりあえずイスラエルの法律でも、「公人のインサイダー取引禁止」という項目があるだけに、いくら利益を得てないからって、突っ込まれても仕方ないんですが。

余談だけど、参謀総長、イラン系とは思わなかった。
つまり、現大統領、現参謀総長、現通産大臣(元国防相・元参謀総長)、現警察庁長官、皆、イラン系・・・。


それにしても、イスラエルっていうのは、どこまで情報を公開しちゃうんでしょう。今のこの状況でも、実際に従軍した兵士らのあらゆる意見が公開されていますけれど。

こういう民主主義過ぎるのも、中東では浮いた存在なんですけれどね。
イスラエル以外の中東国で、参謀総長のインサイダー疑惑なんて取り上げたら、その瞬間から24時間生きられる保証はありませんから。


そんなことよりも、私には、昨日でNCISが終わってしまったことの方がよほど重要です。
この何ヶ月間、楽しかった。マーク・ハーモンがカッコよくて、毎晩融けてた。
最終回、あー、これ見たら終わっちゃうんだ・・・と、感傷気分でした。
だって、この1ヶ月間、何が心配だったって言ったら、「もし停電やらなんやらでNCISを見られなかったらどうしよう」
すっかりおなじみ、のほほん村。



今日見つけたニュース。
ヒZボラからのロケット砲攻撃に遭った女性が、胸にシリコンを入れていたおかげで、一命を取り留めた、と。
シリコンがなかったら致命傷になっていたかもしれないとか。
病院に運ばれて、救命救急の先生・看護婦、笑っただろうな・・・。
posted by Heshbonit at 20:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月15日

日常生活へ

出勤。

避難していた子持ち専業主婦達も村に戻り、従来の賑わいになりつつあります。

仕事の方はまだ本調子にはなりませんが(大半のところが今日から再開ですから)、少しずつ日常に還りつつあるようです。

でもかなりのところで、「どうせまた何年後に同じことになる」なんて声も聞こえます。私もそう思っています。このまま彼らが引き下がるわけがない。
仕方ないです。中東ってのはそういうところですから。
ニュースではやはり残党によるちょっとした攻撃もあると言っているし。

さて。
この紛争中、ずーっとガソリンスタンドがおかしく、毎朝毎朝リセットしなければ、前日売上データが取れないという悲惨な状況でした。
さらに、給油ノズルの1つに故障が生じていて、その上、PCにインストールされているシステムにも異常が生じまして(例のネット不通の後)…。
でも、石油会社に連絡するも、「大至急じゃなかったら、なんとかそれで使っていてほしい」と言うから、まぁ急ぎじゃないし、状況がよくなってからでいいや、っていうんで、そのままガマンして使っていたのです。

で、今日、ようやく石油会社に連絡し、不具合を全て伝える。
するとなんだか妙に優しい。
「分かった。そっちの状況はどうだった? 今日中にメンテを送るから」
さらに、システム管理部門から電話があって、
「大変だったなぁ。すぐに修理するから、モデム番号を言ってくれ」

急に優しくされても気味が悪い・・・。

そして、午後イチでメンテが到着。彼は、この状況でも北部の大きなガスステーションには回っていたそうだ。
ある町のステーションでは、修理中にまさに10メートル程のところにいきなりロケット砲が落ちてきて、中腰で作業していた彼はシリモチを付いてしまい、ショックでしばらく呆然としてしまった、と。
「俺だって軍では戦車隊だったけど、サイレンも鳴らずにロケット砲があの勢いで飛んできたのに驚いてしまって、しばらく立てなかったよ」
ま、ガスステーションに落ちなくてよかった。それが1番なにより。

もちろん、優しいのは石油会社だけじゃなく、バス会社や国内線の航空会社も、「疎開先から帰宅する北部住民や、軍務に就いていた者は、今週末までは無料で乗れる」なんていうキャンペーンをやっています。


でもさぁ、逃げずにじっと堪えていた人達への配慮は?
逃げた人はいいよ。家族や親戚の所で、そりゃちょっと肩身の狭い思いはしたかもしれないけれど、でも食べる物にも着る物にも困らなかっただろうし。
それよりも、逃げるに逃げられず、或いは仕事があるからとこの町に残っていた人達へ、何かするべきじゃなかろうか・・・。

逃げた人達で町に帰ってきた人のインタビューをTVで見たら、
「考えてみたら、なんで逃げたんだろう・・・」
という人が結構いるようです。

確かに落ちてくるのは怖い。でも逃げるほどだったのか?と。
被害を受けていない人はなおさらそう思うらしく・・・。

なんていうんでしょう。
『恐怖』っていうのは伝播しますよね。
例えば、私が何ゆえにここまでノーテンキにブログを書いていられたかっていうのは、別に私の肝っ玉が据わっているからでも、物事なーんも考えてないからでもなく、この村がのほほん村だからなんですよ。

子連れ専業主婦の大半が避難はしたけれど、危険だから避難するというよりも、「子供が爆音を聞いて泣くから」「夏休みにシェルターに閉じ込めておくわけには行かないから」、というのが主な意見。

村に残った人って言ったら、サイレンが鳴ってシェルターの近辺には集まるけれど、「携帯が圏外じゃん」って言ってシェルターから出てきちゃうし、国境方面に向けてカメラ構えちゃうし、最後のほうなんて面倒だからとそのまま家にいる人が多かったし。
その全て、人がそうするから、私もやっていました(笑)。

もし、私の周りが、「怖い。逃げよう!」ってバラバラ逃げ出したら、私も一緒に何とかして逃げていたかもしれない。
これでも『悲観主義・ネガティブシンキング』なので、もしも村の人達が荷物を詰め始めたら、目的もなくすっ飛んで逃げていたかもしれない。

ま、なんにせよ、今のところは停戦です。
次はどうなるか分かりませんが。


そうそう、らいおんハート♪こと、アルカディ・ガイダマック。
この期間中、収容5000人のテント村を無料提供したあの彼ですが、
総工費ならびに総費用、計1500万ドル(約17億円)。
個人としての援助では最高額だそうだ。そりゃそうだろうな。
posted by Heshbonit at 20:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月14日

ハフサカット・エッシュ

なんとも不気味な朝でした。
6時半ころ、村の一斉SMSで「8時までは危険時間。外に出ないように」と来て、7時少し前に警報が鳴り、まして・・・。
通常は7時過ぎには出勤ですが、8時まで自宅でニュースを見ていました。

そして、8時。

停戦。
ホントかよ?と思いながら。

今日のヘブ語。「ハフサカット・エッシュ

英語の「Cease Fire」と同じ意味。
「ハフサカ」の語幹は、「PSK」。この派生語は「中止・絶える」と意味が多い。(同じ語幹で、「決定」という意味も持ちます)。
「ハフサカ」は、日常生活では「休憩」という意味で頻出します。
大事な言葉では、
「ハフサカット・ハシマール=停電」、「ハフサカット・マイム=断水」
この2つ、イ国では「シュビタ(ストライキ)」と同じくらい重要な言葉。


朝の時点でのイスラエル軍の注意報では、「今日1日はまだシェルターや安全な所で過ごすように。判断は今夜」と言っていましたが、うちの村で子連れ避難していた人達が早々に戻ってきていました。

午後、カルミエルまで買物に行ったら、まず交通量が通常よりも多かったし、また、帰りはちょっとした渋滞だったし。
これで町の機能も少しは回復するでしょうか。


でも安心するのはまだ早いといいます。
イ軍は、国連軍レバノン仏軍が来るまで、レバノン南部に部分的に残っていますし、アチラがこれでおとなしくなるとは思えません。

北部住民では、「こんな中途半端な時期に停戦するなんて、だったら何のために私達は辛抱したのか」という声も強い。もちろん、「さっさとやめよう」ってな声もあるけれど。

「癌は徹底的に治さなければならない」と言った野党議員がいましたが、今のこの状況はさしずめ、「癌を治そうと開腹したけれど、ちょっと引っ掻き回しただけで何もせずに縫合した」ってなところでしょうか・・・。


それにしても、レバノン。
いい国なのに、悲劇的な歴史続きで。

これが中東と言ってしまえばそこまでですが。


それにしても。
今、スリランカが、レバノンなんかを遥かに上回る勢いでスゴイことになっているんだけれど、誰も追及しないんでしょうか・・・。道路に地雷が仕掛けられていたり、孤児院が爆破されて60人以上の子供が死亡、100人以上が重軽傷・・・。

国連ご一同様、マスコミ関係者様、人権擁護団体様、・・・黙認ですか?

 
posted by Heshbonit at 19:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月13日

国際電話

たった今、電話が鳴りました。

:「ケン?(ヘブ語で、“はい”)」
:「もしもーし、もしもーし」

相手の男は、日本人ではありませんが、日本語です。

:「Heshbonitちゃん?」
:「はい・・・(誰? なんで、ちゃん付けなの?)」
:「元気ぃ? 僕のこと、覚えてるぅ?」

そのオネェ言葉、お前は・・・

:「M?」
:「そうでーす。Mクン♪ 覚えててくれた? 今ね、外国に来ているの」
:「どこ?」


:「レBノーン!


確かに、外国だ。
パスポートは持っていってないだろうけど・・・。

:「・・・お疲れ様。その外国から、なんでここに電話してるわけ?」
:「あのねぇ、Pと一緒なのぉ」
:「え、P? そこにいるの? 代わって代わって!」

先日ケガをしたPが、既に予備役に復帰していたのです。

:「軍に戻って大丈夫なの?(ヘブ語です)」
:「表面を大きく切っただけで、骨にも神経にも異常はないから、縫ったらくっついた。地下シェルターにじっとしているより、コッチに来ている方がリハビリになる。もちろん、小間使いみたいなことしか出来ないけれど。
 それで、見積もりがほしいって言ってるって弟に聞いて、そのことでボスに電話したんだけれど繋がらなくって・・・」

こういう普通の人達が国を守っているのです。

名誉のために書きますが、Mクン、オカマではありません。
日本にいた時の彼女から日本語を習った結果がこうなのです。

なんだか面白かったので、備忘記録として。
posted by Heshbonit at 20:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

静けさの前の嵐

朝、経理部に出勤して、金庫を開けようとした瞬間、非常サイレンが鳴った。

「アタシ、泥棒じゃないよ」

いや、そのサイレンじゃなくて・・・。

その後、「10時までは外出禁止。家にいるように」というSMSが入り、それでもぐずぐずしていたら、他の部員が皆、「帰ろ帰ろ」と動き始めたため、私も帰る。


明朝から、国際政治的圧力ぎゅーぎゅーな、ムリヤリ停戦。
だから、アチラは在庫一掃セールに入るらしい。

しかし、ロケット砲攻撃が始まったのが、10時。
やれやれ。2時間あればかなり働けたのに。
その後、「ロケット砲が来るぞ」放送が何度も鳴り、さらに、「今日はこのまま厳戒態勢でいるように」というSMSが入る。

ヒマすぎ。
ネットも一通り遊んで、最早やることなし。
世界的に日曜日。
皆、家族や友達とのんびりしたり、買物行ったり、楽しんでいるよね。
こっちは山奥で爆音聞きながら自宅待機。つまんない。

あー、おなかすいた。昼ごはん昼ごはん。何もしなくても昼ごはん。

ベジ用ソーセージでホットドッグ

ベジタリアン用ソーセージを使って、ホットドッグごっこ。
そのまま食べるとソーセージの味とは程遠いですが、ちゃんと具をはさんでケチャップやマスタードを付けると、すごく雰囲気が出ます。


さて。
ヒマだから出勤することにした。
「外出禁止」なら、自宅も職場も同じこと。
「青空経理部」じゃないんだから。

夕方5時過ぎまで、請求書と格闘。
何度も何度も何度も何度も何度も「ロケット砲が来る」というアナウンス。
幸い、うちの村には落ちてない。(でも、どこかに落ちている)。


現時点で、既に250発以上のロケット砲(過去最高記録)。
頻繁に「飛んでくる!」というアナウンスが入る。

本当に明日、停戦になるのだろうか。
posted by Heshbonit at 19:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月12日

引きこもり休日

昨夜9時過ぎ、シャワーから出て、エアコンで涼んでいたら、突如、停電。
また落ちたかっ!!と焦りながら、出動態勢の準備にかかり、ボスの指令を待っていましたが、20分後に電気が戻った。単なる電力会社の故障だったそうです。(長時間の停電はガスシステムに影響するため、非常時は切り替えが必要)。

しかし、昨夜はとにかくすごい爆音と振動でそれが朝まで延々と続き、休日だけれど6時前から目が覚めてしまいました。

ネットでしばらく遊んだ後、朝8時過ぎ、テラスで国境を眺めながらの朝食を楽しんでいたら、いきなり非常サイレンも呼びかけもなく、轟音とともに、村の農場のはずれにロケット砲が落ちて来た。どんっ(衝撃)

あー、コーヒーが美味しい。(ヤケ)


午前中は、狭い庭の掃除や剪定をしたり、掃除して洗濯して。
その後は何もする気にならず、借りた「ターミナル」のDVDをつけながら、新聞を読んでボケーっと過ごす。ストーリーは性に合いませんが、空港が大好きだから。

昼ごはんを終えて、洗濯物を村り込んでいると(乾くの早ぇ)、再び、ロケット砲が農場に落ちてきた。どんっ(衝撃)
今回も、非常サイレンも呼びかけもなく。サイレンも放送も休みかよ。

ところがその後、実家の母に電話をかけている最中に、「ロケット砲が来る」という村内緊急放送が。
母:「ねぇ、何かスピーカーで言っているわよ。何なの?」
私:「うん、あのー、ほら、なに、献血車が、献血しに来いって」
よかった。非常サイレンじゃなくて。
あれは、ごまかせない。


14時少し前、村の一斉SMSで、
「歌手の慰問コンサートがあります。中央シェルターに集合」
そして、15時過ぎ、
「歌手は来ました。お菓子もある。エアコンも効いている。来るように」
しかも、このSMSが10分後に再び入った。

数日前から、「歌手が来る」というのは聞いていたことですけれど、催促SMSが2回も来るってコトは。人が集まらないというわけね。
これが、テレビに頻繁に出てくるような有名歌手ならば、顔だけ見に行く価値があるかもしれないけれど、今や落ち目になった歌手が、自分の昔の持ち歌を歌いに来るだけでしょ?
ある意味、売名行為か親切の押し売りに思えなくもない。
21世紀は、ケーブルTVもDVDもインターネットもあるのだから。


15時、知人に髪を切ってもらう。
長いだけの髪ですからただ切るだけで、特殊技術は要りません。
ただし、専門店で買ったマイはさみ、チタン製の高級品です。人間の髪も植物と同様、いいはさみを使うと全然違います。
前回切ったのが1月下旬。気が付いたら、半年経過。

18時頃、夕飯の寿司を巻いていたら、ふたたび飛んできた(キッチンの窓はテラスと同じ西向き)。どんっ(衝撃)

今日は当たり日だな。ちっ(怒った顔)
でも傍らにつけているTVでは、まさに今、アチラの首領が国連決議に賛成とか何とか言っているんだけれど。ま、月曜まで、一掃セールでもする気なのかも。


昨日、本音を書いたのですが、朝起きてPCを開いたらブログわんが、
「知らない人が沢山来て、リンクしているよ! なんかヤバイよ!」
とワンワン言うから、とりあえず現時点では、非公開にします。
まったく、自分のブログなのに、言いたいことも書けやしねぇ。

ここ最近、知らない方からの無言リンクがたくさんあります。
なんだか無言電話がかかって来ているようなイヤな気分。
それがどういう意図があろうにも、なんか腹が立つ。

リンクしたり、内容を引用するのならば、一言断るように。
って書いても、断るワケがないか。




お前ら、仕事はマジメにやれよな。

by ブログわん
posted by Heshbonit at 19:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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