2006年07月31日

20日目・・・

出勤。

久しぶりに会計士が来た。
「給料計算のコースが始まる前にこんな事態になってしまったため、どうなるか分からなくなってしまいました」

・・・と言わなければいけなかったのですが、彼女は久しぶりに来たために忙しすぎて、あららと思っているうちに言いそびれました。
ま、仕方ないです。こんな状況なんですから。

仕事は久しぶりになぜだかアレヤコレヤと入ってきて、適当に時間が過ぎていきました。ま、月末ですからそうでないと困ります。

「渡した小切手、来月まで支払いを延ばしてほしい」という顧客も来ます。
コレに関しては、私が決めることではないため、資金担当などに電話を回しますが。
確かに大変ですよ。オーバードラフト規制法だって出来ちゃったし。政府がある程度の補償をすると言っても、その補償金が入るのは先の話なんですから。


昼過ぎに帰ってきて、お昼ごはん食べて、モーレツあ太郎のオープニングフィルムを堪能していた頃・・・、

なにやらイヤな音がしたから窓の外を見たら
いきなり飛んできた。あちらから。
で、村の農場に落ちた。

おいおい、休戦って言ったじゃん!

テラスに出て、もうもうと上がる煙を見ていたら、村の一斉SMSで、「おめぇら、危ねぇぞ! 家の中に入っとけ!」というメールが入る。
さっき落ちたばっかだから、もう来ないでしょ、とは思いつつ、家に入って、再びPCに向かった瞬間、2発目が農場に着弾。

だからっっっ、休戦って言ったじゃんっ!

先輩部員から電話。
「会計士が帰るって。午後は来ないでいいわよ」

そりゃ帰るよね。気分悪いもん。
なんだろ。最後の力を振り絞って、ここに落としたかったんだろうか。
「そういえば、あっこだけ1回もやったことなかったから」とか。
うん。空白なんだけど。

追記:夜のニュースで知ったけれど、今日の着弾数は4発だったそうで、なんとそのうちの2発を貰ってしまったらしいです。



さて。夕飯はごくごくシンプルに。

ごはん大好き

貧乏ご飯 少しのおかずでたくさんご飯がコンセプト♪



トマトも好きだけど、ご飯が大好き。
左下のちっちゃい器に入っているのは、自家製キムチ。
N兄の処で、「やれキムチだそれキムチだ牡蠣入りキムチだ金持ちキムチだ夏こそキムチだ時代はキムチだ飛び出せキムチだ」、とうるさいから、なんかそんなようなものを食べてみたくなって、試行錯誤の上にようやくそれっぽい味になりました。

『豆チ醤+おろしにんにく+ハチミツ+酢+鷹の爪』

そうです。酸味を出すために酢です。強引な裏技です。

実は、写真を撮るからカッコつけて小さい器にちょこんと入れたけれど、この横に、どんぶりに入った大量キムチがありまして・・・。
ご飯のためのキムチなのか、キムチのためのご飯なのかわからない状態。
焼きジャケが要らなかった・・・。
posted by Heshbonit at 19:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月30日

トマトとリヴォルノとユダヤ人

明けても暮れてもボンボンバンバン。
本日の着弾ロケット数は過去最高の140(19時現在)。

それでも毎日出勤です。それが経理部員でございまする。

・・・というわけで、データベース作りにも飽き、ふと、「そういえば、税務署が来た時に引っ張り出した書類、片付けてなかった」と思いついて、地下資料庫に。ようやく書類が片付きました。

なんだか毎日こんなですから、大して書くこともなく・・・。だったら書かなければいいんですが、毎日更新しないと気分が悪い。
でも、これじゃ、来ていただいた方に申し訳ないから、面白いお話でも。


私、子供の時からトマトが大好きで大好きで、生トマトそのままも好きだし、トマト料理も好きだし、ケチャップも好き。
日本では1日1本必ずトマトジュースを飲んでいました。イスラエルは新鮮なトマトが1年中お手頃価格で買えるから非常にありがたい。そこで、スナック菓子などは通常は一切食べないため、ちょっと小腹が空いたと思ったら、トマトをかじっています。


トマトは、コロンブスが新大陸から持ち帰り、それがイタリアに伝わったといいますが、それでは一体、誰がイタリアにトマトを持って行ったのでしょうか?

ここに、ユダヤ人が登場いたします。

舞台はイタリア、トスカーナ地方。
中世トスカーナといえばメディチ家。
メディチ家が『新しい港町を作ろう』と選んだのが、リヴォルノ。

メディチ家は優れた政治力・外交能力を持ち、かつ非常にリベラルであったため、この新しい港町リヴォルノには、難民も受け入れました。
そこで集まってきたのが、スペインを追われたユダヤ人です。
地中海貿易最盛期には貿易や通商の多国籍都市として栄え、トスカーナをローマと並ぶ大都市に発展させる要因となりました。
リヴォルノが、「トスカーナにありながらトスカーナらしくない」と言われる由縁がここにあります。

メディチ家が受け入れたユダヤ人は各国語に精通しているため商業に長け、また、ユダヤ人同士のネットワークを駆使した金融界のみならず、海運業や保険業などでその能力を発揮いたしました。また、繊維関係の輸出でも有名となりました。


ということで、スペインを追われたユダヤ人が、トマトを持って、ここリヴォルノに上陸したといわれます。コロンブス御一行が持ち帰った当時のスペインでは、トマトは『毒』と思われていたのですが、イタリアに入り、『パスタとの幸せな結婚』を遂げるのです。めでたしめでたし。


では、『毒』と言われたトマトが食用になった過程は? 
んーと、これは想像するに、ユダヤ人は怖いもの知らずで、

「な、毒だっつーけどもよ、赤ぐてつやつやしてうまそうでねぇが。なぁ、おめ、食ってみ」「何を寝とぼけたことを言うだ。そげなもの食えね」「食ったら、ほれ、金やっから」「やんだ、おら死にたぐね。そげなこと言うなら、おめぇが先食え」「おらは・・・。ま、えぇではねえが。な、ちこっと食ってみろって。ちこっと」

・・・なんて肝試し気分で食べてみたんじゃないでしょうか。何かの罰ゲームだったのかもしれません。歴史なんて、失敗と偶然の繰り返しです。
もちろん、メディチ家がリヴォルノを港町としなくても、スペインのユダヤ人をリヴォルノに受け入れなくても、どこかでどうかしてトマトは食用となり、イタリアに伝わったでしょう。


イタリア料理で『リヴォルノ風』といえば、トマトを使った料理のことを言います。
ついでに、このリヴォルノでは、北アフリカの『クスクス料理』も名物です。こちらもスペイン経由で持ち込まれました。時代が少し後になりますが、ユダヤ人がスペインを追われたように、レコンキスタ終了で強制改宗を迫られたイスラム教徒がリヴォルノに移住した時にもたらされたそうです。
ずっと後の時代になりますが、画家のモディリアーニも、このリヴォルノ出身のユダヤ人ですね。なお、モディリアーニという名字はユダヤ名ではなく、元々彼の祖先が住んでいたイタリアの地名です。


トマトはイタリア語で、「ポム・ドーロ=黄金のりんご」
フランス語では「ポム・ダムール=愛のりんご」
ドイツ語では「リーベス・アプフェル=愛のりんご」

そしてヘブライ語では、「アグヴァニヤ

語幹は、「AGV(性的欲望。英語で、Lust)」だというのが有力説。
『毒=媚薬』と解され、愛を通り越して、本能に突っ走ったようです。
これじゃまるで、「禁断の果実」みたい。
昔の人はトマトを食べたら、どうにかなってしまったのでしょうか・・・。



じゃ、もう1つ。

ヘブライ語で「アゲヴェット」といったら、「梅毒」。

トマトの「アグヴァニヤ」と同じ語幹(AGV)です。


こちらもまた、コロンブス御一行が新大陸から持ち込んだといいます。


ひらめき関連記事:ザクロとグラナダとユダヤ人
勝手な解釈により、トマト≒ザクロだったのでは?という仮決に達しました。


なんかトマトを食べたくなってきた。
というわけで夕飯は、トマトソースのパスタ♪
posted by Heshbonit at 19:00| イ国の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月29日

ケミカルアタック?

昨夜、うとうとしかけた頃、“異様な臭い”で、だんだん呼吸困難になり、瞬く間に両腕が熱く痒くなってきました。
何事かと飛び起きて、電気をつけて洗面所に行って手を冷やしながら見ると、真っ赤な湿疹が出ています。そして目も痒くなってきた。

「アタシ、ココデ、死ヌ・・・?」

臭いがしてくる外に出てみたら、それは、隣りの家から。
テラスの塀の横から鼻と口を塞ぎながら覗いてみると・・・、

信じられないけど、臭いの発生源は、洗濯洗剤

隣りの家は、奥さんが避難をしていて、(実家が「危ないからこっちに来い」とうるさいから、遊びがてらに実家を訪ねているそうだ)、で、ご主人が夜に洗濯をしたらしいんですね。
ところが、洗剤のすすぎが不十分な状態でムリヤリ脱水して洗濯物を干したらしく、とにかく辺り一面が、強烈な臭いなんです。
でも、オッサンが洗濯物を干している場所から私の家の窓までは、5メートルは離れているんですけれど。

冗談抜きで、国境の向こうから化学兵器が飛んできたと思ったからさ。
本当にビックリしたんだ。このまま死ぬんだと本当に思った。
こんな戦時下に、本当に勘弁してほしい。

想像できないでしょう。ってか有り得ない、って思いますよね。
呼吸困難だけではなく、湿疹が出た私も信じられない。でもその臭いの元は、明らかにコレで、そのせいで呼吸困難になり、腕に湿疹が出て腫れ上がったのです。

最近は音にも慣れてきたので、窓を開けてエアコンを消して寝ていましたが、これでは堪らないので、窓を閉めてエアコンを回し、しばらく別の部屋でじっとしていたら湿疹は治まってきました。

しかし、あのまま服が乾いたら、洗剤が残ってガビガビじゃなかろうか・・・。
それ以前の問題で、イスラエルの洗濯機は全自動ばかりだから、スイッチさえ入れればすすぎ〜脱水までやってくれるはずなのに、なぜ隣家の人間が呼吸困難&アレルギーを起こすほどの洗剤が衣服に残るのか。
もしかしたら、オッサン、洗濯機じゃなく手洗いしたのかも・・・。

今朝起きたら、湿疹は完全に治ってました。でも外に出たら、相変わらず隣りの家からは洗剤臭がしていますので(昨日ほど酷くないけれど)、気分が悪いので窓は閉め切っています。

ったくもう・・・。
だからって洗濯物じゃ文句は言えない・・・。
もちろん奥さんがいる時には、こんなことはなかったし、ま、オッサンも「洗剤が多すぎた」と学習したことでしょう。


イスラエルの洗剤って匂いが強すぎ。
よく、「どうもガス臭いんだけど」なんて言うから調べに行ったら、隣の家の洗濯物の匂いだった、なんてこともあるんです。本当に。
なんでそこまで匂いが強い洗剤を作るのでしょうか。

やはりこれは、『』の人が多いからじゃないかと。

もちろん、イスラエル製だけじゃなく、AやTといった輸入洗剤も多いですが、それでも同じ会社の製品でも日本で売っているのとは明らかに匂いが違います。
柔軟剤なんて強烈な匂いで、卒倒します。肌が弱い赤ちゃんや子供に使っても大丈夫なんでしょうか?って程のケミカルな匂いがします。




しかーし、




『洗剤+柔軟剤+香水』<『



・・・。
・・・・・・。



呼吸困難&アレルギーを起こさせるほどの強烈なケミカル臭を放つ洗剤や柔軟剤をしても、そして、頭痛を起こさせるほど強烈な香水をつけたとしても、『ガ』には敵わないのです。


私、『』が大っ嫌いなの。
人種国籍性別問わず、どうしても許せないんです。
「嫌いなタイプは?」と聞かれて、真っ先に答えるのが、「臭い人」。
誰もが臭い人なんて嫌いだとは思うけど、私の場合、普通の嫌いとは違う。
人間として認められないというか、激しい憎悪感が湧いてくるのです。

飛行機にて、隣席が『』だったから、CAに、「隣りの人が臭くてガマンできません」と言って、ほぼフルブックなのにムリヤリ席替えしてもらったこともあります。だって耐えられないでしょ?。


こんな話を書くつもりじゃなかったんですけど。まいいや。
posted by Heshbonit at 18:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月28日

備えあれば

昨日の夜はこれまた派手な音&振動で・・・。

出勤。それでも出勤。

日常の仕事を終えた後、昨日のデータベース作りをタラタラとやり・・・。

1週間はあっという間だけど、この動乱が始まってからまだ17日・・・。
なんだかもうずーっとやっているような気がするんですけれど。


さて、1ヶ月前に銀行に行った時、窓口で「コールサービスに入れ」と言われ、断ったけれどサインをさせられたことがありました。

その時は「こんなもの・・・」と思ったのですが、自分の用事で銀行に行かなければならなくなり、ところが支店はとにかく閉鎖中。こりゃ、山の中腹の町の銀行まで行かなくちゃダメかな、と思っていたのを、昨夜、このコールサービスをふと思い出した。
そうだ、姉さんに「タダだから入れ」と言われて、分からないけれどサインさせられたことがあったのです。きっとこれで何とかなるかも。

で、今朝、電話したら、・・・なんとかなりました。
通常だったら支店に行かなければならない手続きが、電話で終了。
無理矢理引き止めてサインをさせた窓口の姉さん、ありがとう。


この状況になって、『備えあれば憂いなし』をいろいろと痛感しています。
例えば、買物。免許も車もなかった時は村のコンビニで買物を済ませ、どうしてもないものはバスで町まで行って買っていましたが、今ではとにかく外に出て買物をしているため、1週間に1度の大量買いをしています。
村のコンビニはいつも定価だけれど、町のスーパーの特売などでまとめて物を買うクセもつき、さらにイスラエルは品切れになるとなかなか入らないこともあるため、買いだめ出来るものは(米、缶詰、小麦粉、パスタなど)常に余計に買っていました。

そのおかげで、とにかく困ることはありません。
もちろん、町のスーパーは時間限定(午後2時まで)で開いているし、山の中腹の町まで行けばいつでも買えるし、品数が少なくても村のコンビニは常にやっているけれど、やはり『自分の家に食糧の備蓄がある』という安心感。これはこういう状況では非常に大きいです。
日本にいた時は、なんたって南関東ですから、「地震がいつ来てもおかしくない」ということを小学生の時から叩き込まれていまして、家にも常に缶詰などを入れた防災リュックなどを置いていました。懐かしいですね。


ただし・・・。
化粧水があと2週間で終わりそうです。
これは失敗した。
既にお気づきかと思いますが、経理屋Heshbonitはケチなんです。
ドラッグストアで、『◎◎社の製品3割引』『1本買ったら2本目は半額』などというセールが頻繁にあるんですが、「最底値の『1本買ったらもう1本』まで買わないぞ。たぶんそろそろのはず・・・」、なんて思ってたら、コレですよ。
しかも、私としたことが、「買い置きがある」と思っていたはずが、今使っているのが最後の1本だった・・・。

あ、記事にするほどショックなことじゃないですね。
ドラッグストアはどこか開いているでしょ・・・。でもセールが・・・。


昼前、ホストマザーのサラレのリフレクソロジーを受けに。
彼女の家に、彼女の友人が泊まっていました。以前この村に住んでいたことがある女性で、私も面識があります。
聞いたら、「1人暮らしでロケット砲が怖くて眠れない」と。
私の村の方が、彼女の家よりもさらにさらに国境に近いんだけれど。

地下共同シェルターの掃除は終わったようですが、一体どこまで本気なのかは分かりません。毎日、携帯電話には、「シェルターに入りましょう、と国防軍の要請があります。従ってください」という村のSMS一斉メッセージが入ってきますが、誰ひとりシェルター生活はしていません。
ついでに「出てもいいです」というメッセージも来ません。

ちなみに夜は、「家屋の窓から離れた場所で寝てください。村の警備担当より」というメッセージが入ります。こちらの方は現実的です。


午後2時過ぎ、実家に電話した後にネットで遊んでいたら、何か近いところで音がして、驚いてテラスに出たら、農場の向こうで煙が上がっていました。
これまでで一番至近距離。
・・・。


Q:それでも地下シェルターには入らないんですか?
A:落ちたら出てこなくちゃいけないから、一緒でしょ。
posted by Heshbonit at 16:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月27日

そういう意味じゃない

出勤。

今日は何事もないだろうと、ボンボンバンバン聞こえる中、いつものように仕事をやっていたら、「事務の仕事を引き受けてくれるんだよね」と、別部署のBがやってきました。

:「担当の女性が南に避難中でね、それでこういうデータベースをアクセスで作ってほしいんだよ」
:「これ・・・、なに?」
:「かくかくしかじか、それで日々入力と集計できるデータベースがほしくてね。前はあったんだけれど、壊れてからそれっきりだったんだ。別に急ぎじゃないから」
:「それ、彼女の仕事だったの?」
:「彼女は事務員だよ。それが作れたらとっくにやっているよ」
:「・・・。あのさ、今回の呼びかけは、通常業務の代行をするんであって、あなたの部署のデータベースを作るなんていうのは引き受けないんですけど。第一、私のPCにはアクセスがインストールされてないし」

10分後、そのオッサンは、アクセスのCDを持って登場した。
そういう意味で言ったんじゃないんですけど・・・。
故意に、最後の都合のいい言葉だけを聞き取ったらしい。

言い争うのが面倒なので(先輩部員がいたら確実に断っていただろうけれど、たまたま今日はいなかったから)、「今回に限り」と念を押して引き受け、なんで私がこんなものを…、と思いながらデータベース製作開始。ヒマが潰れていいじゃん、って言えばそうなんですけれど。
アクセスをいじるのは楽しいけれど、1つコケたら皆コケるから、自分が使うものじゃなければあまり作りたくないんだよな。

電話がかかってくる。オッサンからだ。
:「終わった? それと、別の仕事なんだけど、グラフを・・・」
:「あのね、データベースは10分では出来ないの。最低3日は必要。第一、私の通常業務の片手間にやるんだから。急ぎじゃない、って言ったじゃん」

ま、ヒマが潰れるのはいいけど・・・。


そうそう。
数日前に、「情勢と給料の関係」を書きましたが、状況がガラリと変わってきました。
昨日の政府の決定で、この損害に対して補填金を支払うらしいです。
北部指定地域の被雇用者で出勤出来なかった者や、勤め先が情勢を理由に閉鎖で働けなかった場合、給料の全額がもらえますが、この割合が『政府52.5%+雇用主27.5%+有給消化20%』という配分になります。
さらに、雇用主が払わねばならない固定費用(営業用土地建物の家賃、水道光熱費、固定資産税など)の補填の意味で、「給料の120%」が加算されるという仕組みに。
つまり、政府は、『人件費総額の180%』を雇用主に支給する、と。

あれを書いた時点では、こんなに時間がかかるとは誰も思わなかったというのもさることながら、従来ならば、北部といえば私が住んでいるエリアや国境沿いだけの話だったのが、今回は、北部の主要都市ハイファや、カルミエルのような新興都市も含まれる大規模に亘るから、というのが理由らしい。

確かに、全ての休業を有給消化にせよと言ったら、来年分どころか3年先までいっちゃう勢いです。この私も、「ヒマだからって午後は仕事をしていないけれど(私だけじゃなく皆)、コレ全部有給消化なのだろうか・・・」と不安に思っていました。
新しい決定では、20%は有給消化、つまり、5日休業したら1日は有給を使ったと見なす。もちろん、有給消化ですから、その分の給与は雇用主が負担します。
ま、まだ法律が変わる可能性は十分ありますけど。


夕方、テルアビヴに住むイ人の知人から電話がありました。
「今どこ?」「ここ」「ここって?」「家」「誰の?」「自分の」「北の? 村の?」「うん♪」「コラカヴォッド(すごい)」
そこからまたどういう状況かを一通り説明し、音は聞こえるが飛んでこないということを言いましたが、彼女は、「そのボンボンバンバン、怖くない?」と。
これがこっちから撃っているものだということが分かっているから、音がするくらいは大したことじゃないんですよね。

電話を終えて、考えてみたら、私の実家、コメ軍の戦闘機の轟音が聞こえる所で(基地と同じ市ではないけれど、轟音は聞こえる)、子供の時からその音を当たり前のように聞いていたんです。
来たらビックリですよ。全ての音を掻き消す轟音。NLPなんてされた日にゃ、キレますからね。

この国に来て、「イスラエルって静かだなぁ・・・」って思って、なんでこんなに静かなのかと考えたら、「戦闘機も飛行機も飛ばないから」と。
戦闘機は必要に応じて飛びますが、国際線の飛行機に関しては、イ国上空は飛べないことになっています(発着時を除く。当然だけれど)。
今は、輸送ヘリやらアPッチやらが飛ぶ音はしますけれど、日本で聞いていたような戦闘機の轟音じゃないですから。

それにしても今日の午後はかなり静かでした。
posted by Heshbonit at 19:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月26日

緊張感

のほほん村にも緊張感が走っています。

朝、いつものように経理部に行く前のスタンドでの仕事をしていたら、
ボスの携帯電話に、
「いくつかの共同シェルターに不具合がある」
と村の警備担当から連絡が入りました。

状況を見に行くと、簡単なのから面倒なのから・・・。
ボス1人では出来ませんから、私も出動です。
スタンドの集計やデータ更新を済ませてから、経理部に行って仕事の確認をし、先輩部員に事情を話した後、久しぶりの肉体労働。
あるシェルターでは水道パイプが切られているために水が出ず(切った理由はあるんですが、面倒だから説明割愛)、・・・とにかく、外から新しいパイプを接続しなければならないため、工事になりました。
このクソ暑い真夏にパイプ工事。結局14時近くまで…。

久しぶりの肉体労働で、体がヘトヘト。顔も腕も焼けまくって痛い。
最近全くと言っていいほど運動していなかったから、体のためにはいいんですけれど。家に帰ったらヘトヘトで、後で出勤しようなんて思っていた経理の仕事は、結局何もできませんでした。


状況なんですが、とにかく突然、共同シェルターの点検が始まり、村の人数人が、各シェルターの掃除に回り始めた、そんな所です。

上にも書いていますが、時々、瞬間〜数分の停電が起きます。頻繁にロケット砲が落ちてくるため、それが高圧線や電線などに近い場合、安全が確認されるまで電気を切るからなんですが。その影響でネットに不具合が生じる場合もあります。
で、電気は復旧が早いですが、今後の状況如何によっては、ネットだと、「別にネットが出来ないくらいで死にゃしねーよ」って後回しになる可能性も。(今のところは大丈夫ですが)。

毎日更新と言っても無理な場合も出てくるかもしれません。
「更新がないってことは、さては当たったな!」と思わないで下さいね。




時間がある方はこちらを読んでください。
posted by Heshbonit at 17:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月25日

動物もつらいよ

昨日はあちらこちらで火事がありました。
私が住む地方では、一般住宅への被害もありましたが、山火事が多発・・・。
山火事だったらいいじゃん、なんて思ったのもつかの間、出勤してその話題が上っていたのですが・・・。


この辺り、放牧しているんですよ、その高原に。
で、前の話にも書いたけれど、この状態だから放牧が出来ずに、牛舎に入れておくだけなんです。まず、食用牛だったら、肉質が悪くなります。餌代もかかるし。

そして、この動乱のストレスは、人間だけではなく、牛や鶏にも大影響し、ボンボンバンバンが聞こえることで、牛や鶏がパニックを起こして大騒ぎになるらしい。その上、煙が立ち込めたり、遠くから煙の匂いなんかがすると、さらにパニック。
食用鶏がパニックになって小屋の出口などにどっと集中し、押しくら饅頭状態になって圧死することもあるそうだ・・・。

それと、簡単に鶏卵、といいますが、卵を産む鶏というのは妊婦さんだから、とってもナイーブなんですよ。
それでこのボンボンバンバンですから、産卵率にも影響し、以前のように産めなかったり、産んでも商品価値のない卵だったりして、北部全体の生産率がなんと50%減! 
また、乳牛ってのは、授乳ママ牛ってことですから、こちらも情勢でミルクの出が悪くなり、北部全体の生産率が25%減。

イ国在住の皆さん、卵と乳製品が値上がりする可能性が高いです。・・・って、買い置きできないけど。誰か、なんとかして下さい。
・・・父ちゃん、コッチにも金くれよ。


農業部門では、農業の主要労働力だったタイ人労働者が皆いなくなってしまい(大使館の勧告で北部から出て行ってしまったとか)、果実の収穫をする人がおらず(特別警戒地域では外出禁止ですから、収穫のバイトを雇うことも出来ない)、1年間丹精込めて育てた果実は、ただ木からボトボト落ちるだけ・・・。


・・・というわけで今日のお仕事。
ただボケーっとしているのも退屈。そして、他の部門では出勤していない人もいて、人手不足から事務的仕事が疎かになっている職場も・・・。
そこで、私と先輩部員、そういう部署の事務仕事を請け負い始めました。
2人とも、退屈なのに座りっぱなしの状況に耐えられないのです。


午後は山の中腹まで買物に。
ボンボンバンバンとは無縁の世界が広がっています。ま、聞こえるし煙も見えるけれど、でも、絶対に飛んでこない安心感があります。
本道が危険だからということでか、裏道なのにかなりの混雑。ついでに軍関係の車輌も多く、狭い車線なし道路ですからなかなか大変です。
それでも、好きに外に出られるっていうのは本当に気分がいい。


帰ってきたら、またあっちこっち燃えていた。
凹む・・・。

でも牛も鶏も耐えているんだから、ドライブに行ける私はマシだわ。


N兄、やわらか戦車、最新作が出たよ。
posted by Heshbonit at 17:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月24日

現状報告

昨夜、スイカダイエットに失敗し、報道番組を見ながらクラッカーを食べていると、私の村から近い街に緊急特設スタジオ(屋外)を設けているキャスターが、「今、後ろの高原の一部が燃えてます」と。
あなたの後ろの高原ってことは、私の向かいの高原・・・。
テラスに出たら、あー、燃えてます。
幸い、住宅地でも一般利用の土地でもなく、一部が焼けたという以外の被害はなかったですけれど。

かなり緊迫化している状態らしい。

すると、携帯にメール着信音。
『村の一斉メールのテストです』
暑いから窓を閉め切ってエアコンを回している人が多いから、一斉放送が聞こえない場合があるため、村民全員の携帯に、SMSで情報を送ることにしたらしい。なるほどね。


その翌日の今日。
少しずつ疎開組が帰ってきているようで、子供会も大忙しの様子。
ま、疎開なんてそんなに簡単に出来るものじゃないですよ。これが生まれ育った実家なら、孫を連れて里帰り気分でいられますが、親戚宅とか夫の実家とか友人宅とか他人宅っていったら、気を遣いまくる(だろう)し。
喉が渇いたと思っても我が物顔で冷蔵庫を開けるのは気が引けるし、暑いなと思ってもエアコンをつけていいのか考えちゃうでしょ。夜中に目が覚めてテレビをつけてボーっとするのもできないし、洗濯だって何だって・・・。

ま、イ人はド厚かましい人が多いけれど、全てが全てそうじゃないですしね。昨日のニュースで、「友人宅にいたけれど気を遣いすぎて疲れて限界。これなら地下シェルターの方がよほどマシ」とインタビューに答える女性もいました。
それに何よりも、「疎開でカラになった家を狙った泥棒が増えている」と報道が増えつつあり、それで心配して帰ってくる人も多いようです。

で、うちの村の子供会に戻りますが。
学年ごとに分けて、地下シェルター室に集めて子供会を開催したり、順番で中部以南の街や地方公共団体が催すサマーキャンプに参加するなどのいろいろなことが企画されているらしい。
なかなか大変です。これがノーマルな夏休みなら、サマーキャンプに行ったり、村のプールで遊んだり、バスケしたりサッカーしたりと普通のことが出来ますが、現状では外で遊ぶことが一切できない状態なのです。

オトナの私でものほほんとしているつもりがこれが結構疲れて、夜中に何度も目が覚めてしまう、この情勢下。
コドモはもっとですよね。状況が理解できないだけに余計に。

もちろん私の村は大変と言っても、『圏内だけれど問題外』というラッキーな土地柄ですが、十分圏内の街や村では、ずーっとシェルターに待機せねばならず、軍が認めた数時間の間に家事や入浴や買物などをしなければならないのですから、本当に深刻です。

街に住んでいる老人や不健康な人はなおさら大変で、もちろん行政や各支援団体も助けてはいますが、だからと言って、即座に全員に手が回るわけではなく・・・。
こうなると私、ヘルパーにでも行った方が世のため人のためなのではないでしょうか、とポツリとボスに言ったら、「危険物課なんだから、とりあえず村にいなさい」と制止されてしまいました。
「足手まといで後で苦情が来ると困る」という意味なのかもしれませんが。


国境に面したメトゥラという街には、イ軍が「危険ですから、数日間避難して街ごとカラにしてください」という発表をしました。
住民の半分くらいが、既に避難しているらしいですが、軍関係者が戸別訪問して一時避難を依頼しているそうです。


で、緊張感のないボケガイジンの私は、今日も普通に仕事をこなす。


ところが夕方、「どうして今日は太陽が出ているのに暗くなるのが早いんだろう」と思ってテラスに出たら、再び向かいの高原の数ヶ所がすごいことになっているからでした。そして、「それにしても雲の動きが早いなぁ」なんて見ていたら、裏の高原が燃えている煙でした。

さすがの私も、ボケている場合ではない緊張感が走りました。(幸い、負傷者ゼロです)。証拠写真は撮りましたが、不謹慎ですのでアップは控えます。

ご心配なく。私は大丈夫です。
それから、郵便の集配が始まったのと、ゴミ収集も再開しました。



追記:アップし終わって、窓の外を見たら、また別の所が燃えてる。
   これだけあちこちに落ちて燃えたら、煙臭くて窓を開けられません。

posted by Heshbonit at 19:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月23日

営業再開と言ったものの

昨日の夜、ピクード・ハオレフ(直訳は銃後。イ国軍後方支援部隊。つまり一般市民に統括・指示し、情報提供・援助をする組織)が

「国民の皆さん、一般生活に戻りましょう。銀行・郵便局・食料品店・交通機関・地方公共団体は、明日から営業を再開しましょう」

ってな呼びかけをしたため、夜中は北に向かう道路が大混雑したそうです。

しかしながら、そのせいでしょうか。北部のあっちこっちで・・・。
でも、私の村は、圏内でも問題外なので、ご心配なく。


というわけで出勤。

ってカッコつけたところで、開店休業だけどね。
でも座ってなくちゃいけない、この辛さ。
そこに資金担当が仕事を持ってきたため、先輩部員と二分してやり始めたら、いつの間にか2人で競争状態。

「Heshbonit、今、何枚残っている?」
「あと5枚。でも面倒なのばっかですけど。そちらは?」
「あと4枚。こっちも面倒なのが残っているの」

何も競争する必要はないし、第一、明日もどうせ仕事がないんだから、適当に残しておけばいいものを・・・、と後で気が付いた。
でもこの状況になると、「仕事できるうちに仕事を」「繋がるうちに問い合わせを」「買えるうちに買物を」と、とにかくこなせることは今やっておく、ってな雰囲気で、従来の「明日出来るものは明日する〜」というのほほん状態ではありません。

さて、郵便は来ましたが、「時間がないからと郵便物の収集をしなかった」と事務のオバサンが怒ってた。ちなみに、郵便物は村の小間使いジイサンが、山の中腹の町の郵便局まで持って行っています。


午後はもう1つの職場に。ボスは午前中に修理をしていたのですが、どうしても部品が足らず、街まで行かねばなりません。
電話をしたら、「2時までは開いている」というから、ボスと2人して行ってきました。あ、別に私は行く必要ないんだけれど、缶詰脱出。
道路はガラ空きで、怖いくらい。こう空いていると「走ってもいいんだろうか・・・」と不安になってくる。しかもなんか燃えてるし。

「なんか、煙が出ているけど、野焼きじゃないですよね?」
「こんな時期に野焼きをするわけないだろ」
「じゃ、あそこら辺に落ちたってコト? 住宅?」
「見ていくかぁ?(笑)」
「いいよ。軍や消防が来ていて道路封鎖だろうから。早く買って帰ろう」

自分の処にはまず落ちないという問題外の人間は、不謹慎で困ります。
ちなみに落ちたのは空き地で怪我人もいませんでした。
でも一昔前のカチューシャロケットに比べて、ものすごーいパワーアップしているらしい。中に仕込みもあるみたいだし・・・。くわばらくわばら。


買物から帰ってきたら、村の人がスイカをくれた。
しかも大きなスイカ。人と分けようと思ったら、どこから貰ったのかかなりの数があるらしく、私が仲良くしている人は皆貰ったらしい。
先週買物に行った時、『プライベート・スイカ(という商品名の小玉すいか)』を買って、2日がかりで食べたんですが、こういう大きなスイカはどうせよというんでしょう。
というわけで、夕飯はスイカ。最近、家にいるばかりでなんだか食べてばかりだったから、ちょっとスイカダイエットでもしてみるつもりで。
posted by Heshbonit at 20:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月22日

誰もいないと・・・

1日中、村の中に缶詰です。
朝、スタンドに行った帰りに写真を撮ってきました。

ウッドハウス

村の宿泊施設。
今年冬に拡張オープンしたウッドハウス。前から写真を撮ろうと思っていたんですが、いつも誰かしら泊まっていて、なかなかキレイに写真を撮れませんでした。
このオンシーズンなのに、本当ならば予約がビッシリ入るはずが、宿泊客ゼロです。というのも特に、このウッドハウス。総木造りですから、たとえ誰かが泊まりたいと言っても、現在の情勢下ではお泊めすることが出来ませんが。
旧館がコンクリート製の2階建てビルタイプで、そちらの方にはこの時期でも、何らかの用で(観光目的ではない人が)1人2人泊まることもありますが。


どうも、誰かがいるなぁと思ったら・・・


孔雀パパ

孔雀パパです。我が物顔で飛び回っています。



すると、私の後ろを誰かが通過しました。


クジャク親子通行中

あ、ママとボクチャンもいたのね。



正面向いてくれました

正面から写真を撮らせてくれました。全く物怖じしません。


こちらは平和そのものです。
ボンボンバンバン聞こえますけれど。
posted by Heshbonit at 16:00| レバノン戦争2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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